「クリスマスプレゼント」


ピンポーン
如月がどきどきしながら、玄関のベルを鳴らすと、
軽やかな足音が中から聞こえてくる。
「は〜い♪」
明るく元気な笑顔で迎えてくれたのは、如月の主、
黄龍の器たる緋勇龍麻だ。
如月はその笑顔を見られただけで幸せな気分になる。
両手に抱えた荷物の重さも気にならないほどに。

「やあ、来たよ、龍麻」
「いらっしゃい、如月。早く入ってよ」
龍麻の言葉に引き込まれるように、如月はふらふらと
部屋の中に足を踏み入れた。
するとそこは…、惨憺たる有り様だった。
さすがの如月も一瞬絶句したほどだ。
しかしそこは忍びの者、すぐに立ち直り、
何事もなかったような口調で尋ねる。
「これは、いったいどうしたんだい?」

すると、龍麻は照れくさそうに、つぶやいた。
「如月が来てくれるっていうから、片付けようとしたんだけど…」
そうか、僕は空き巣でも入ったのかと思ったよ。
という言葉をかろうじて飲み込んだ如月は、
ひきつった笑顔で答えた。
「じゃあ、ここは僕が片付けるから、君はゆっくりしているといいよ」
「いいの?」
龍麻はちょっと申し訳なさそうに、小首をかしげる。

そんな仕草は子供のようにかわいらしく、
如月はますます龍麻を護ってやらなくては、という気持ちになった。
ああっ、僕は玄武で良かった…!
如月は幸せをかみしめると、もちろんだ、と微笑み返す。
そして龍麻を体よく追い払うと、とてつもない速さで
部屋の掃除を始めるのだった。


あらかた部屋が片付いた頃、別の部屋に避難していた龍麻が
そっと顔を出す。
「もういいかな?」
まるでかくれんぼだ。
如月はくすっと微笑むと、やはり優しく答える。
「いいよ、おいで」
その言葉に弾かれるように、龍麻は部屋を飛び出し、
如月のかたわらにちょこんと座り込んだ。

そして無邪気な顔で、如月が凍りつきそうな事をさらりと言う。
「そうだ、あとで壬生も来るって。いい?」
「ああ、構わないよ」
如月は不満を表情に出す事を、超人的な自制心でどうにか抑えた。
それからそっと付け加える。
「…今日はクリスマスだからね」

そう、今日はクリスマスであった。
如月はクリスチャンではないが、龍麻に何かしてやりたくて、
手料理を作ってあげよう、と申し出ていたのだ。
せっかくのクリスマスなのだから、出来れば二人きりで迎えたかったが、
壬生が来る、というのでは仕方がなかった。

いや、きっと他の皆も、後からやってくるに違いない。
そして、それを見越して料理の材料を、
かなり多めに買って来てしまった自分が、
健気でちょっといとおしくなる如月である。
ともかくも、料理を始めよう、と気持ちを切り替えて、
きびきびと働き出す如月の姿を、
龍麻は感心した様子で眺めている。


そこへ、新たに呼び鈴が鳴った。
龍麻が嬉しそうな足どりで玄関に向かうのを、
ちょっと悲しい気分で見送った如月は、
しかし、テーブルに並べられた料理の出来ばえに、
会心の笑みを浮かべる。
そして龍麻と並んでくる壬生を、
内心はともかく営業スマイルで出迎えた。

壬生も、如月が既に来ていることに、
ほんのわずかに形のいい眉をひそめたが、
すぐにいつもの静かなまなざしに戻る。
二人の間に流れる冷たい空気に、龍麻は全く気づかないようで、
無邪気にテーブルの豪華な料理に感嘆の声を上げた。
「わあ、すごいね、如月。これ、全部作ったの…?」
「もちろんだ」
ちょっと自慢げになる如月だったが、龍麻は大して聞いちゃいない。
ただ、視線は料理の方に釘付けだった。

僕は料理に負けるのか…?
落ちこんだ如月に追い討ちをかけるかのように、
壬生が手にしていた包みを龍麻に渡す。
「クリスマスプレゼントだよ」
「ありがとう、壬生。開けてもいい?」
可愛らしく尋ねる龍麻に勝てるはずもなく、壬生はこくりと頷いた。

きれいにラッピングがほどこされた包みを龍麻は
上手く開けられないようで、かなりぼろぼろにしてしまったが、
どうにかプレゼントを取り出す。
壬生はせっかくの包みを台無しにされて、ちょっと悲しそうだったが。

中から出てきたものはクリーム色の毛糸で編まれたセーターだった。
見るからに「手編み」の、ふわりとしたセーターはまさに、
龍麻にぴったりだ。
「君には、やはり白が似合うと思ってね…」
壬生が彼らしくもなく、やわらかな口調でつぶやいた。

「そう?じゃ、さっそく着てみるね」
龍麻はそう言うといそいそと隣の部屋に行く。
龍麻の姿が見えなくなると、途端に如月と壬生の間の空気が
ピンと張り詰めた。
「やはり僕の方が優勢のようだ」
「いや、僕だって負けてはいないよ」
二人の間にはバチバチと火花が散っている。
このままでは収まりがつかないだろう。
「龍麻に決めてもらうしかないな」
如月の言葉に、壬生もうなずく。

そこへ、白いセーターを着て龍麻が現われた。
「ちょっと大きいみたい」
龍麻の言葉通り、そのセーターは龍麻には大きめだった。
襟ぐりからは細い首筋と鎖骨が覗き、
袖も長くて手が隠れてしまうくらいだ。
…しかし。

か、可愛い…っ!
壬生と如月は歓声をあげそうになった。
だぼっとしたセーターで龍麻の愛らしさがより強調され、
うっとりするような眺めだった。
如月は、隣で満足げに龍麻に見惚れている壬生に、
思わず心の中でつぶやく。
もしや、計算したのか、この男…?
如月の壬生に対するイメージはすっかり崩れ去っているのだった。

「ありがとう、壬生。似合うかな?」
目の前でくるりと回って見せる龍麻はやはり、とてつもなく可愛らしい。
「誰よりも、似合っているよ」
壬生はとろけそうな瞳で、龍麻を見つめている。
このままではマズイ!
如月は危機感を覚え、思わず叫んだ。
「龍麻、この際だからはっきりさせてもらおう!」

その言葉に壬生もはっとした。
「そうだ、ちゃんと決めてもらわないと」
そして二人は龍麻に異口同音に問いかける。
「君の親友はどちらなんだ?!」
いつの間にか「親友比べ」になっていたらしい。
龍麻はきょとん、として面食らうばかりだ。
「な、何…?」
事態がよく呑み込めず、茫然としている龍麻に構わず、
如月と壬生はやいのやいの言い争っている。


そのまましばらく時間が流れ、さすがに疲れたのか、
二人の言い合いが止まった時、龍麻がぽつりとつぶやいた。
「オレの親友って言ったら…」
如月と壬生は次に続く言葉を、息を殺して待ちうける。
当然、自分の名前以外が出ることなど、微塵も思ってはいない。
「親友って言ったら…?」
「やっぱり…」
「やっぱり…?」
考え込む龍麻に、二人は祈るような思いだった。
そして龍麻の口から出た言葉は…。

「やっぱり、京一かなぁ」
照れくさそうにする龍麻とは反対に、
如月と壬生は頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えていた。
「まさか、そんな…」
「僕が、あの男に負けるなんて…」
もうろうとしながらつぶやく二人の耳に、
ピンポーン、というベルの音が鳴り響く。


そして龍麻が出迎えるよりも早く、能天気な笑顔で入ってきたのは、
まぎれもなく蓬莱寺京一だった。
「よお、ひーちゃん。誘いに来たぜ」
「どこに、だ…?」
鬼気せまる声音で如月と壬生が、同時に訊ねる。
しかし京一は平然としたものだ。
「いやー、最近ちょっと金欠でよ。
  旧校舎に潜って、適当なお宝拾ってきて、
  如月に売りつけようかなー、なんてな」
「僕に…?」
「おう。…ってなんだよ、如月。てめえ、いるならいるって言えよ」
京一は不穏な声の如月をにらみつけておいて、龍麻に声をかける。

「なあ、ひーちゃん、一緒に行ってくれンだろ?」
「でも、京一。今日クリスマスだよ…?」
「あ?」
龍麻の言葉で、やっと気がついたらしく、京一は間抜けな声を上げた。
ちょっと困ったような顔になる京一だったが、すぐに立ち直り、
明るい笑顔で龍麻に尋ねる。
「うーん、あんまり金ねえけどさ。
  ラーメンだったらおごるぜ、ひーちゃん」
「ラーメン…?」
龍麻はちょっと不満そうだ。

当然だ、僕の手料理がラーメンに負けるわけがない。
如月は心の中でガッツポーズを取る。
1ヶ月もかけて編んだ僕のセーターが
ラーメンに劣るなど、有り得ないね。
壬生も心の中でほくそえんだ。
しかし、龍麻の答えは、二人の期待をすっかり裏切るものだった。
「うん、いいよ」

行くのかっ!?
あっけらかんと答える龍麻に、如月と壬生は
心の中で思いっきりツッコミをいれる。
そこへ、京一がとどめを刺した。
「あ、お前らも行くか? その代わり、自分の分は払えよ」
しかし返事はない。
首をかしげる京一に、容赦なく二人は叫ぶ。

「飛水流奥義、瀧遡刃!!」
「龍牙・咆哮!!」

―それから京一がどうなったかは、誰も知らない…。


            おわり

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ここまで読んで下さってありがとうございます。m(_ _)m

壬生と如月をコメディにしようとしたのですが、ムリでした。
やっぱり私はコメディのセンスがないみたいです。
人選ミスもあるし…。
クリスマスネタはまた、ちゃんとした形でやりたいな。


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