「しろいくも。」

                written by wataru 

 



「やほー、こんちは。」
ある日の放課後。いつも変わらぬ元気な声が3−Cに響き渡った。
「げっ、アン子!何の用だよ。」
「うるさいわね。京一には用は無いのよ。用があるのは…」
そこで言葉を切って呼吸を置いてから、教室の隅でぼけッとしている黒い塊をびしっと指差した。
「緋勇君、あなたよ!!」
指を突きつけられた龍麻は良く分かっていない様子で目をしばたかせている。
「転入当初から人並外れた美貌で魂を抜かれた女は数知れず、伏せた瞳は男でさえも魅了する!黙して語らず、謎多き男緋勇龍麻!!あなたこそ『我が』真神新聞のトップを飾るにふさわしい人物よ!!…というわけで…取材させて(はあと)」
もちろん最後の部分はアン子特製スペシャル笑顔のオマケ付きだ。
「何が(はあと)だっ!ひーちゃん、構うことはねえぜ。こいつに付き合った日にゃケツの毛まで毟り取られるぞ。」
「下品なヤツね。緋勇君にそんな真似しないわよ。売上が良ければそれなりの御礼も考えてるわ。どう?緋勇君。」
仲が悪い筈の二人が見せるテンポの良さに龍麻がくすりと声を洩らす。
「礼ならもう貰ってしまったから断るわけにはいかないな。」
「おいアン子、お前いつの間にそんなモンこいつにやったんだよ。」
「え?私まだ何もあげてないわよ?」
「今貰った。遠野の笑顔をな。」
龍麻に色っぽく微笑まれてアン子が硬直している。しかし京一、どうしてお前までが赤くなる?
「だああああーっ、おまえはあああっ!!ナチュラルにくどいてんじゃねえぇぇーっ!」
「ん?いやでも事実だし。」
てらいも無く言ってのける龍麻にアン子の口上が決して誇張ではないと再確認した一同であった…。
「…と、とにかく取材はオッケーって事よね…。じゃ、改めてインタビューさせてもらうわ。まずはそう、真神の花も恥らう乙女達―かっこ一部男子を含むかっことじる―が1番気になっていることからね。ズバリ!好きな子のタイプは?」
「京一。」
「あ?何だよ。」
いきなり呼ばれて京一が間抜けな声を出した。
「え?」
これはアン子。
二人の注目を浴びて再び口を開いた龍麻の答えは?
「だから、京一。好きなタイプ。」
ずざざざざざ。がたん。
思いきり後ずさりして京一が机に張り付いた。
アン子は点目のまま固まっている。
「なんだ?」
龍麻の端正な顔が不思議そうに傾けられた。目元は涼しげなままで自分が爆弾発言をした事に気付いていないのかもしれない。
「いやー、そうかそうか。俺に目をつけるたぁ流石ひーちゃん、目が高いぜ!オレが女じゃなくて残念だったなーッ。ははは…」
「いや、男がいい。」
ぴし。
衝撃から立ち直ろうと『笑って誤魔化せ作戦』に出た京一だったが素早い切り返しに会って、ひびの入った顔面からガラガラと崩れ落ちた。
「ちょっと、京一!砂になってる場合じゃないわよ!ねえ緋勇君、その話しくわし〜く教えてくれない?」
「今の生を経てきたからこその『京一』だろう。別な生き方、ましてや女となればそれは『京一』などでありえない。
…俺は『京一』以外の京一などいらないからな。」
傲然と言い放つ龍麻。
「…オレ、何気にスゲエこと言われてねえ?」

「…フ。」
龍麻を凝視していた京一は、隣に佇む人物から炎が揺らめき出すのを感じてまたまた後ずさった。ごごご、と音がする。
「フ…フフ…。【愛】ね…そう、これは【愛】なのよ!!今時のお手軽な恋愛をしている奴らに今の言葉を聞かせてやりたいわ!!」
「ちょっと待て!アン子てめー、今の新聞に載せるつもりか!!」
「あったりまえでしょ?こんなおいしいネタを埋もれさせておくなんて新聞部部長の名がすたるってモノよ!!ついでに肉声テープも売り出しちゃおうかしら。『緋勇龍麻愛を語る』、きゃー、二桁は堅いわーっ♪早く原稿書かなくっちゃ。じゃーねー、緋勇君、ネタの提供ありがとう!」
「おいっ待ちやがれ!!その手に持ってるモンを出せ!!」
「くっ、仕方ないわね。渡せばいいんでしょ。ほら、取って来なさいよ!」
アン子の手を離れたMDが弧を描いて窓の外に飛び出した。
「わーっ」
慌てた京一も窓の外に飛び出した。
「何処だ!?どこにもねえぞ??」

「クスクス馬鹿な男。本物はココよ。」
京一の死角から覗いていたアン子の手元には、いったいどこから取り出したのか青色のディスク。
「ま、ご愁傷様。」

* * *

手をひらひら振ってアン子を見送っていた龍麻の元に難しい顔をした醍醐が近づいてきた。
「龍麻、聞きたいことがあるのだが。」
「何だ?」
「その…簡単に答えられる種類のものではないし、お前が話したくなければ無理にとは言わないが…。」
「言ってみろ。」
「しかし聞いてしまっても良いものか…。」
醍醐には何事においても考えすぎる所がある。
「一体どうしたんだ、醍醐?」
煮え切らない態度にさすがの龍麻も渋面を作った。図体のデカイ男がもじもじしている様はあまり見たいものではない。
「いや…、その…、」
「おう。」
促されてようやく覚悟ができたのか、デカイ頭を振り上げた。
「お前は、そのう、…男が好きなのか?」
「違う。」
「そうか・・・またてっきり俺は…」
間髪入れず返されて、張り詰めた背中から空気が抜けた。
「『京一』が好きなだけだ。」
抜け出た蒸気が、吹き荒ぶ冷気に晒され凍り付く。


「からかい甲斐があって。」


空白。
空白。
空白…。

「風が出てきたか。」

黒い髪を風になびかせ、つかの間の平和を満喫する。

「…ああ、今日は空が蒼いな。」

龍麻の呟きに答えるものはいない。
教室のドアに手をかけ、にやりと口の端を持ち上げる。


「ま、ご愁傷様。」

* * *

後日、真神新聞『緋勇龍麻愛を語る』は差しかえられ、伝説となった…。
龍麻の「水も滴る」うなじショット(限定品)と引き換えに…。

         おわり

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ここまで読んで下さってありがとうございます。m(_ _)m

これは「Ouvrir」の八雲渉さんから頂いたものです。

設定としては「OVERTURE」のひーちゃんですが、
こちらはうってかわって、コメディタッチ。
渉さんはシリアスもコメディも素敵ですね。
特にひーちゃんに翻弄されまくる、
京一や他の面々の姿が目に浮かぶようで笑えます。
やっぱり【愛】よねー!(爆)
ノリノリのアン子も可愛くて好き♪

ありがとうございましたー。これからもよろしくね〜(笑)。


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