村雨誕生日記念SS  「邂逅の夜 ふたたび」


 



「いきなりこんな所に呼び出して、いったい何の用だ」
如月は、厳しい瞳でこちらを睨み付けた。
そんな姿も清冽な美しさをたたえており、
この歌舞伎町の裏通りには全く似つかわしくなかった。
言われた方の村雨は、もちろん、そのくらいで、
たじろぐような男ではない。
例のごとく、唇に余裕の微笑みを浮かべている。

「まあ、あんたはこんな所に滅多に来ることはないだろうが、
  俺にとっちゃ、庭みたいなもんでね」
「用件は何か、と聞いている」
軽口で受け流す村雨の態度に、如月の口調はきつくなる。
無意識のことだろうが、まるで我が身を護るかのように、
両腕でしっかりと身体を抱える如月の姿に、
村雨は心の中で自嘲した。
…相変わらず、警戒されているようだな…。

しかし口から出たのはこんな台詞だ。
「まあまあ、そう怒るなって。美人が台無しだぜ?」
こんなことを言ったら、きっと如月は怒るに違いない、
と分かっていながら、あえて、にやりと笑って言ってのける。

「僕はそういう冗談が嫌いだ、と何度言ったら分かるんだ」
案の定、怒ってきた如月に、村雨はいつもの言葉を返した。
「俺も何度も言っている筈だぜ。…本気だ、とな」
如月はぐっと言葉を詰まらせる。
こうして切り返されることも承知していながら、
つい反射的に怒ってしまうのだろう。
そんな自分がいまいましいのか、如月は悔しげに唇を噛み締めた。

そんな如月に、村雨はうっとりと見惚れる。
深幽な山奥に流れる清水のような、厳しくも美しい姿は
彼をいつも魅了した。
手を切られるように冷たいだろうと分かっていながら、
清らかに澄んだ水に触れてみたくなるように、
如月自身も、どこか放っておけない雰囲気を持っていた。

ましてや、村雨という男は、危険なことならば、
ますます燃えてしまう質なのである。

ただ、怒った顔が見たいだけ、なのかもしれない。

如月は普段はほとんど感情を表に出すことはない。
いつも静かな微笑みをたたえて、
誰にでも適度に愛想良く振る舞っていた。
商売柄かもしれないが。
だからこそ、そうじゃない顔が見たい、と思うのは人情であろう。
そして初めて会った時から、村雨はそう思い続けてきたのだ。

いつも穏やかな笑顔ならば、いっそ怒らせてみたい。
そして、泣かせてみたい、と。
残念ながら、まだ泣かせたことはなかったが、
これもいずれは、と思っていた。
そう、如月がこうして感情をあらわにして、怒ってくるのは、
自分に対してだけなのだ。
だから…、村雨は期待してしまうのかもしれなかった。


「話があるなら、聞こう。村雨」
如月は、きっぱりと言った。
『話がないのならば、帰る』という意味だろう。
しかしそれでも村雨は、話し出そうとはしない。
はぐらかすように、長い指先を天に向けた。
「見てみろよ、星が見えるぜ。こんな所でも見えるんだな。
  こんなにネオンが明るく輝いていても、
  やはり美しい星の輝きには勝てねえよなぁ」

つられて如月も空を見上げた。
如月の視線の先には、美しい星が一つ、またたいている。
先ほどまで、厳しい瞳で怒っていた如月だったが、
全身にまとっていた緊張をふっとほどく。
星の美しさに気を取られているのだろう。
唇の端に、かすかに笑みすら浮かんでいる。

…これだ。
村雨ははっとした。
如月に無条件降伏したくなるのはこんな時だった。
村雨は慌てて辺りを見まわした。
人影は全くない。
が、やはり我慢できなかった。

思わず後ろから抱きしめ、全身で包み込む。
警戒を完全に解いていた如月は、あっさりとつかまってしまうが、
すぐに苦しげに身じろぎをし始めた。
「何をする、離せ」
如月の必死の抵抗にも、村雨はびくともしない。
そしてぽつりと言った。

「誰にも見せるな。そんな顔を。
  俺だけだ、あんたのその顔を見ていいのは」
「何を言っている…?」
せっぱ詰まった村雨の口調に、如月は困惑するだけだ。

そう、如月には分からないのだろう。
どれほど自分が無防備で、無邪気な姿をさらしていたか。
この場には、幸い誰も見ていなかったが、
それでも、村雨を安心させてはくれなかった。
もしかしたら、誰かが見るかもしれない、と思うだけで、
嫉妬で胸が焼け付きそうだった。

こうして自分の腕の中に抱きしめていても、
自分のものではない、と分かっているからかも知れなかった。
いっそ、無理矢理にでも自分のものにしてしまおうか、
と思ったことも一度や二度ではない。
しかし、そんなことは無意味だ、ということも分かっている。
欲しいのは、如月の『全て』なのだから。…身も心も。

「なあ、ここで俺たちは初めて出会ったんだぜ?」
村雨は如月をしっかりと腕に抱きながら、その耳元にささやいた。
耳にかかる息がくすぐったいのか、びくりと如月の全身がふるえた。
が、それだけで何の返事もない。
そんなことはお構い無しに、村雨は話し続ける。
「一年前の、この日にな。
 ところで、今日、何の日か知っているか…?」

「七夕だろう?」
如月は即答した。
村雨はくすりと微笑む。
予想どおりの答えが返ってきたからだ。
「俺の誕生日なんだよ。7月7日はな。
  俺は誕生日に初めてここであんたに出会い、運命を感じた。
  きっとまた会えるだろうと確信していた。
  そして、あんたが今、俺の腕の中にいる。
  俺がどれほど幸せか、あんたに分かるか?
  たとえあんたは全く覚えていないとしても、
  俺は一年前のあの日を、忘れたことはなかったんだぜ?」

村雨の思いっきりの告白に、如月は一瞬言葉を失ったようだった。
が、すぐに立ち直る。
「覚えていないな、僕は」
わざとらしく、無表情を装ってはいるが、そう言う如月は、
耳まで真っ赤に染まっていた。
そんな如月が、村雨はいとおしくてたまらない。

「そのままでいてくれよ、あんたは、ずっと…」
本心から思わずつぶやいた言葉に、如月は眉をひそめた。
「君という人は、相変わらず訳が分からないな」
その口調と、呆れたような表情の如月が可笑しくて、
村雨はふいに、大声で笑い出す。
そんな村雨を、如月が得体の知れないものを見るような瞳で、
じっと見つめているのだった…。

   おわり

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ここまで読んで下さってありがとうございます。m(_ _)m

村雨の誕生日記念SSです。
「邂逅の夜」をちょうど1年前に書いたのかと思うと、
ちょっと感慨無量ですね。
1年たってもやっぱりこの二人は相変わらずのようです。
私自身、この二人が一番好きなので、
出来ればラブラブにしてあげたいなぁ(笑)。
ただ、こんな風に「つかずはなれず」の関係も悪くないかな、
と思ってもいるのですが。
素直になれない如月が、とってもお気に入りなのです。




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