『君に捧げる白き薔薇』


「村雨。今夜はここに泊まりなさい」
 一日の仕事を終え、村雨が浜離宮を出ようとした瞬間、御門が告げた。その静かな怒りに村雨は眉をひそめる。
「あァ?何かあんのか?」
「明日、急遽秋月様を呼んでのパーティが入りましたので、それの警護です」
 凪いだ湖面のような瞳にかいま見えるのは、氷の炎。一体何に対してそんなに怒っているのかと思うが、村雨にそれを訊く勇気はない。訊いたが最後、どんな嫌味が返ってくるかわからないからだ。
「……わかった」
 今の御門は火を吹くゴジラよりも怖い存在だと思われる。村雨は渋々といった体でうなずいた。だが、その後に付け足すのを忘れない。
「明日は先生との用事が入ってたんだ。それをキャンセルするんだから、明後日は休みをもらうぜ?」
「勝手になさい。どうせ明後日は特に用事が入っていませんから」
 強気な村雨もあっさりとかわし、御門はそれだけ告げる。そしてくるりときびすを返すと、廊下の奥へ消えた。
「やれやれ…。一体何に怒ってんだかしらねぇが、こっちはとんだ迷惑だ」
 ブツブツとぼやくと、村雨は苦い顔で携帯電話を取り出す。そして手早く最愛の龍麻にメールを送るのだった。


 そして翌日。窮屈なグレーのスーツを着こなし、むすっとしたままマサキの隣
を歩く村雨。明らかに低気圧の村雨にマサキは微苦笑を漏らし、小さく告げた。
「祇孔。九時には終わる予定ですから。それまで辛抱してくださいね」
「…わーってるよ」
 なだめるマサキに不服ながらもうなずき、村雨はちらりと御門を見る。表面上はい
つもとかわらず微笑をたたえていたが、その目は全く笑っていなかった。
「マサキ。御門の奴、なに怒ってんだ?」
 御門と芙蓉が挨拶にその場を離れたのを見計らい、村雨はこそりと尋ねる。マサキは最初苦笑を漏らしていたが、やがてくすくすと笑いだし、小さく答えた。
「本当は、今夜から潔斎に入る予定だったんですよ。なのに、主催者にどうしてもって言われて、断り切れず、それで不機嫌なんです」
「潔斎?なんでまた…」
「結界の強化をするとか…」
「そーいや、そんな時期だったな」
 毎月一度、浜離宮を覆う結界を強化する日がある。それは、別段結界の力が弱まったとかそういうわけではないのだが、何が起こるかわからないとの御門の配慮だった。その日の三日前から御門は潔斎にはいる。心身を清め、自らの力を高めるためだった。
「村雨。私は秋月様とその辺の人たちに挨拶をしてきますから、後は頼みましたよ」
 戻ってきた御門はそれだけ告げると、芙蓉を引き連れて人混みに紛れる。村雨はそんな御門に苦笑を漏らし、彼らを見送りつつ自分も移動した。マサキからさほど遠くない、けれど誰にも怪しまれない程度の場所。渡されたワインを素直に受け取り、村雨は小さくつぶやく。
「自分の予定を狂わせられることが何より嫌うあいつなら、確かに怒るわな。それ
も、『その辺の人』ならなおさらだ」
 クツクツとのどの奥で笑いながらワインを一口飲む。そして時刻を確認すると、村
雨はすっとベランダに出た。
 外は思っていたよりも風が冷たく、火照っていた体を急速に冷やしていく。村雨は
マサキから視線を外さないまま携帯電話を取り出すと、迷わず短縮ボタンを押した。
『──はい』
「先生、俺だ。これから時間あるか?」
『祇孔?…時間??あるけど…今仕事中じゃないの?』
 昨晩もらったメールには、今夜仕事が入ったと確かに書かれていたはずで。龍麻は不思議そうに問う。
「九時に終わる。それから行くから、イイコで待ってろよ?」
 からかうように村雨がささやけば、電話越しに龍麻が動揺するのがよくわかった。
そしてひどく慌てたように言う。
『ば、ばかっ!子供じゃないんだから、イイコも何もないだろう!?』
「クッ。そうだったな」
『まったく。…迎え行くから。中央公園で待ってる。それから、薫によろしく言っと
いて。じゃ、また後で』
「ちょ、先生!?」
 切れた電話に空しく呼びかけるが、龍麻からの返事が聞こえるはずもなく。村雨は驚いたような困ったような顔でしばし携帯電話緒を見つめていたが、やがて嬉しそうな笑みを浮かべた。
「先生にはかなわねぇな」
 何事にも動揺しないと思っていた自分が、恋人の一言で一喜一憂してしまう。それがおかしくもあり、また新鮮で、村雨は笑みを苦笑に変えた。
「さてと。御門にどやされねぇうちに戻るか」
 小さくつぶやくと、村雨は素早く人混みに紛れる。そして今の今までサボっていた
などと思わせないほどさりげなく、マサキの元へと戻るのだった。

「御門、ここでいい」
 帰りの車内で村雨が言う。止まった場所は中央公園まで歩いて一分ほどの場所だ。
「わかりました。明日は何も予定していませんが、問題だけは起こさないでくださ
い」
「ヘッ。誰が起こすか」
 去り際に嫌味を言う御門に、けれど村雨はさらりとかわす。そして素早く外へ出る
と、そのまま振り返りもせずに歩き出した。だが、向かった場所は中央公園ではな
い。すでに閉まりかけている一軒の店だった。
「悪い。これ、もらえるか?」
 後かたづけをしている店員に目当てのものを頼むと、村雨はニヤリと笑う。そして
今度こそ中央公園に向かうのだった。

 人気のない公園に、龍麻はぼんやりと待ち人を待っていた。ブランコに腰掛け、暇
つぶしに軽くこいでみる。
「はぁ…。仕事、長引いてるのかな」
 時計が示すのは午後十時ちょうど。九時に仕事が終わると言っていたので、移動などの時間も考えてきたつもりだったが、どうやら少し早かったらしい。
「祇孔…」
 ここ最近忙しくて逢っていない恋人の名前をつぶやいた。それだけで切なくなり、
龍麻は唇を噛みしめる。
「………」
 ぼんやりと月を眺め、キコキコとブランコをこいだ。とたん、感じ慣れた気配が
ゆっくりと近づいてくる。
「祇孔!」
 龍麻はぱっと立ち上がると、公園の入り口に駆け寄った。そのまま飛びつこうとし
て、立ち止まる。
「先生。待ったか?」
「ううん、そんなに待ってないよ。…ねぇ、祇孔。その服…」
 見慣れぬ村雨の服装に、龍麻は戸惑ったように言葉を紡いだ。そんな龍麻に苦笑し、村雨は訳を話すべく口を開く。
「さっきまでパーティーに行ってたからな。そのまま来たせいで、これだ」
 苦笑しながら自分の出で立ちを指さす村雨。ネクタイをゆるめ、シャツのボタンも
はずれているが、それでも村雨は格好良いと龍麻は思う。そして同時に、絶対高校生じゃないと確信した。
「…ほら」
 困惑の表情のまま自分を見つめる龍麻に、村雨は持っていたものを渡す。それを受け取りながら、龍麻は一体なんだと首を傾げた。
「…バラ?」
「バレンタインのお返しだ」
 純白のバラを抱きしめる龍麻に笑いかけ、村雨は龍麻を引き寄せる。
「白バラの花言葉、知ってるか?」
 耳元で低くささやけば、龍麻が知らないと首を振った。そして無邪気に教えてと尋
ねる。
「おまえに相応しい、だ」


     おわり

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ここまで読んで下さってありがとうございます。m(_ _)m

これは「星月夜」綾月魁夜さまから
うちのサイトの「2万ヒット記念」にいただきました。
こちらの村主はうちのちび龍麻と似ていて、
可愛いひーちゃんにめろめろの村雨が愛しいのです。
しかもカッコイイんですよね、村雨。
スーツに薔薇の花束っ!素敵、素敵すぎます。
うちの村雨はせいぜいケーキかアイスクリーム程度なので、
えらい違いですね(苦笑)。
実は予定が変更になってすねている御門も可愛くて好きだったりします。
ありがとうございましたー。




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