【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko


!!注意!!


逆転裁判5
ネタバレを含みます。

未プレイの方はご注意を。





『 再会 』



『何をする……やめろ!』
 暗闇の中で男の声が響く。
 この手に握られた拳銃のひやりとした感触、胡乱な頭の中でこだまする銃声、何もかもが記憶の底で澱のようにこびりついて離れない。
(私が……、父を……殺した……)

「うわああああーっ!」
 己自身が発した悲鳴で、御剣は目を覚ます。
 反射的にベッドから半身を起こし、そこでようやく自分が、いつもの夢を見ていたことに気が付いた。
 あの事件が解決してからは、御剣を毎夜のように苦しめていた悪夢は、ほとんど見なくなっていたというのに。

  あれから何年が経とうとも、未だに心は脆くて弱いままで、ただの悪夢すら克服することが出来ていない自分に情けなくなる。
 御剣は小さな吐息を付いた。
 そして、ふと疑問を抱く。

 暗闇が苦手だった過去の習慣から、御剣は眠る時にベッドサイドの小さなスタンドの灯りだけは、いつも点けているのだが、何故か今夜はその光が見えない。
 戸惑いながら、そちらに手を伸ばそうとしたところへ、やわらかな声が掛けられた。
「大丈夫……? 御剣」
「……成歩堂」


 彼の声を聞いているうちに、ようやく己の置かれていた状況に思い至った。
(そうだ……、私は昨夜……彼に)
 それ以上を思い出すと、羞恥で逃げ出したくなりそうだったので、御剣は思考を止める。それでも頬が赤く染まるのを、抑えることまでは出来なかった。
 居たたまれない心地で、御剣がベッドに潜り込むよりも早く、たくましい男の腕に、背後から抱きしめられる。

「……御剣」
 耳元でささやかれた彼の声は、振り絞るようで、苦痛を堪えているかのようでもあった。
「君のせいではない。気にするな」
「でも……、またあの夢、見たんだろ。僕はいつも君を苦しめるばかりだ」

 自分を抱きしめる成歩堂の腕の力が強くなる。きっと、これが彼の想いの深さの証しなのだろう。
 御剣は彼の手の上に、そっと自分のそれを重ねた。
「何を言っている。私を悪夢から解き放ってくれたのは君だ。それに私は君と一緒にいて、苦しいと思ったことなど一度もない」
 それどころか、かつての自分では想像も出来なかったような幸福を与えてもらっていると思う。誰かを愛し、愛されることが、これほどまでに満たされるものだと、御剣は彼のおかげで知ったのだから。

「ありがとう、御剣。でも……やっぱりゴメン。あの裁判、お前にはつらいことを思い出させてしまったよね……」
「もう過ぎたことだ。それに君が私を引っ張り出したワケではない。ただ……、不幸な偶然が重なってしまっただけのことでな」
 御剣は成歩堂をなだめるように淡々と答える。
 ずっと見ていなかった悪夢を久しぶりに見てしまった理由を、御剣は元より、成歩堂も分かっていたらしい。


 きっかけは御剣と成歩堂が、弁護士と検事として、久しぶりに対峙した裁判だった。
 成歩堂の事務所の一員である希月心音が被告人となったその事件は、成歩堂の驚くべき発想と手腕で、無事に解決を見ることが出来たのだったが。

 御剣は検事として、幼き日の希月が自分の母を殺した犯人なのだと、彼女を告発せざるを得なかった。しかも御剣の目には全ての証拠が揃っているように見えた。
 法廷で希月を追い詰めながら、御剣は斬り付ける刀で、己自身も傷付けていた。

 お前が母親を殺したのだろう、と彼女を断罪するたびに、自分が父を殺したのかもしれないと悩んでいた過去の自分自身を思い出さずにはいられなかった。
 自分と同じように、いやそれ以上に彼女は苦しんでいただろう。
 だが、それでも……。


「……彼女は私よりもずっと強い人だった」
 つらく苦しくても、それを必死に堪えて、大切な人を救うために弁護士になった希月の姿は成歩堂とも重なる。検事になってしまった自分よりも、ずっとずっと彼女は強い人で、御剣は心から彼女を尊敬していた。
 そう言うと、成歩堂の声が嬉しそうに弾む。

「ああ、そうだよね。ココネちゃんはすごく頑張り屋さんで、しっかりした女の子なんだ。あの子を助けることが出来て、本当に良かったと思うよ」
「……そうだな」
 うなずきながらも、手放しで希月を褒めちぎる成歩堂の態度に、御剣は心の奥がもやもやとするのを感じていた。

 離れていた長い間に彼がどのように過ごしてきたのか、御剣はあまり良く知らない。
 もちろん8年間に一度も会わなかったということもないけれど。それでも両手の指では余ってしまうほどの数少ない逢瀬だった。
(もしも……成歩堂の気持ちが変わってしまっていたら、私は……)

 こんなにも長く離れていては、恋人と呼ぶこともはばかられる。
 自分が彼の隣に居ない間に、彼は誰かを抱きしめただろうか。今は自分を抱いている、この腕で誰かを……?
 そうして口付けをし、耳元で愛をささやいて。幸福な時間を過ごしていたのだろうか。
 今の自分は彼にとって、一番大切な存在ではないのかもしれない、と想像することは、御剣にとっては、何よりもつらいことだった。


 と、ふいに大きな手のひらで、髪を優しく撫でられる。
「……御剣、また何か一人で抱え込んでいるね。どんなにつらくても、苦しくても、そうやって僕には決して頼らないところ、相変わらずだよね、お前は」
「成歩堂……」
 そう言われても、甘えることも頼ることも苦手なのだから仕方がない。

「でもさ、せめて話してくれない? さっきから頑なに僕の目を見ない理由を」
「それは……」
 会えなかった時間に嫉妬していたのだ、などと女々しいことを言えるはずもなく。

 無言を貫く御剣に、成歩堂は困ったように微笑みながら、つぶやいた。
「それとも、もう僕のことなんて嫌いになった?」
「え……?」
「まぁ、それも当然だよね。ずっと放っておいて、恋人なんて名乗る資格もない。昨夜、抱かれてくれたのも、これが最後だと思って、僕に同情してくれたのかな……?」

「違う……っ」
 御剣は激しくかぶりを振った。
「同情などで、あんなこと……、出来るはずがないだろう」
「それじゃ、まだ僕のこと……好き?」
 どこか挑戦的な口調でささやかれ、御剣は身体をふるわせた。


 成歩堂を怖いと思うのは、こんな時だ。いつの間にか彼の手に絡め取られている。断崖に追い詰められて、逃げ道も塞がれて。降伏するしか出来なくなってしまうのだ。
「ああ、好きだ。ずっと……、ずっと」
 本来ならば甘くささやくはずの愛の言葉を、血を吐くように告げた御剣を、成歩堂はどう思ったのか。

 うつむいていた御剣の顔を強引に上げさせて、彼は突き刺すような視線を向ける。この暗闇の中でも、成歩堂の瞳は強く輝いていた。
「僕もお前が好きだよ、御剣。君よりもずっと、ずっと前からね」
「……成歩堂」
「そして、これから先も僕の気持ちは変わらない。こう見えて執念深い男なんだ。そう簡単にお前を手放したりしないから、覚悟しておいて」

 その言葉に御剣は苦笑する。
 思えば彼はどんな時でも粘り強く、決して心折れることもなく、最後には勝利をその手にもぎ取ってきたのだ。
 そんな彼が本気になったら、自分など決して敵うはずもなかった。
「……そうだな、肝に銘じておこう」
「うん、分かってくれたら、それで良いよ」


 嬉しそうに答えた成歩堂は、ふいにいたずらっぽく笑う。
「それじゃ、夜はまだ長いことだし。これから思いっきり僕の御剣を可愛がってあげようかな」
「な……っ」
「そういえば昨夜のお前、すごく積極的だったよね。あんなことや、そんなことまで。いったい誰に教わったのかと、正直に言ってかなり妬けたよ」
 耳たぶを甘噛みされながら、不敵な声でささやかれ、御剣は切ない吐息をこぼした。

「……馬鹿な、君以外に誰と……」
「そう? 本当に……?」
「当たり前だ。昨夜はその……、君の勇姿を見たのが久しぶりだったから、つい」
 成歩堂 龍一という男は、やはり弁護士として裁判で人差し指を突き付けているのが一番似合うと思う。そんな思わず漏らした本音に、彼はこれ以上はないというほどの喜色満面の笑みを浮かべた。

「あはは、嬉しいな。惚れ直した?」
「……惚れていなかったことなど無い」
「ありがとう、僕もだよ。すっかり老け込んで、見る影もなくなった、なんて言われたら、どうしようかと思ってた」
「それは私も同じことだ。それだけの時間が過ぎたのだからな」


 何となく恨み言めいてしまった。放っておいたキサマが悪いのだと、口に出して言うことはなかったが、成歩堂にはちゃんと伝わったようだ。
「そうだね、ゴメン。責任を感じるよ。でも大丈夫。これからは寂しがっている暇なんて無くなるからさ」
「ああ、……そうだな」

 御剣はうなずく。
 おそらく成歩堂の言うとおりになるのだろう。会えなかった時間を埋めるように、これから数え切れないほどの夜を、彼と過ごすことになるに違いない。
 成歩堂と甘い口付けを交わしながら、御剣は思う。

 ……きっと、もう二度とあの悪夢を見ることはないだろう、と……。



                おわり


ここまで読んで下さってありがとうございます。m(_ _)m

まずはお詫びをしておきます。
実は、私は「4」をプレイしていません。
今回のほとんどの部分を憶測で書いています。
公式設定と明らかに違っている箇所があるかもしれません。

直せる範囲でしたら直しますので、
(本文の内容が変わらない程度で)
遠慮なくご指摘頂ければ幸いです。

あ、でも御剣さんが暗闇が苦手というのは、
公式設定では存在していませんが、
例の一件がトラウマになっているのなら、
きっと暗闇も苦手だろうな、と思って。
うちのSSではこの設定で行きますので。

今回のSSについては、
ココネちゃんの裁判をやっていて、
御剣さんつらくなかったかな、と思ったのがきっかけ。
だって状況があまりにも似通っていたから。
その当時の記憶があやふやだというのも似ています。

あ、それにどちらもナルホド君に救われるんだ。
ハッ、これは恋に落ちるフラグ?!
でもココネちゃんにはユガミさんがいるからね。
そちらはそちらでラブラブで良いと思います(笑)。

2013.08.05

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