!!注意!!


逆転裁判5
ネタバレを含みます。

未プレイの方はご注意を。


『 御剣のお願い 』



「やあ、いらっしゃい」
「……うム」
 成歩堂の事務所を訪れたのは、久しぶりに会う御剣だった。
 成歩堂が弁護士ではなくなってからも、定期的に会ってはいたのだが、それでも愛を交わした恋人同士にしては、有り得ない少なさだ。

 御剣は成歩堂を救えなかったことを、ずっと悔やんでいたし、成歩堂は自分のせいで御剣が心を痛めていることを、申し訳なく思っていた。
 お互いに相手のことを思うが故に、二人は自然と距離を置くようになっていたのだ。

 だがそれでも、久しぶりに会った恋人同士なのだから、もっと再会を喜び合っても良いのだろうけれど。
 御剣の眉間のヒビが消えることはなく、対する成歩堂の顔にも、さほど笑みはない。


 居心地が良いとは言えない空気の中、御剣は単刀直入に告げた。
「君に頼みがある」
「ああ、電話で聞いた話だろ。えっと、誰だっけ? 夕神検事……? その人を助けたいから、僕の力を借りたいってことだったよね」
「うム、そのとおりだ」
「……ふうん」
 成歩堂は一つつぶやくと、意味ありげな視線をこちらに送ってくる。

「何かね?」
「その人って、お前の何」
「ム……?」
「もしかして新しい恋人かな。ま、別に構わないけど。こんなに離れていたんだ。心変わりをしても当然だよね」
 冷淡な口調で告げられて、御剣は絶句する。

 成歩堂は独占欲が強く、嫉妬深い恋人でもあったので、彼が邪推をするのは無理もないことではあったが、それにしては、こちらを見つめるまなざしが冷たかった。
 まるで、もう御剣には何の関心もない、とでもいうかのように。

「……違う、私は……」
 御剣は自分がひどく狼狽していることに気が付く。
 成歩堂の心が自分から離れてしまったかもしれない、と想像しただけで怖かった。


 けれど、成歩堂はきっぱりと言い切る。
「良いよ、言い訳しなくても。僕なんかが、いつまでもキミを繋ぎ止めておけるとも思っていなかったからね」
「……成歩堂」
 成歩堂が、自分を余所余所しく『キミ』と呼んだことに、御剣は胸が締め付けられるようだった。もう彼の心には、自分の入る余地など無いのかもしれない。

 それでも御剣は、小さくかぶりを振って、言葉を継ぐ。
「夕神検事は単なる部下だ。それ以上の関係は何も無い。ただ、私は彼を無罪だと思っている。彼は誰かを庇っているのだ。だから救ってやりたい、それだけだ」
「そういう事情なら、僕だって協力しないワケでもないよ」
 くすり、と成歩堂は微笑む。が、その目はやはり笑っていない。

「……すまない。この借りは必ず返す。そこで君に頼みたいのは……」
「ちょっと待ってよ、御剣」
「ム……」
 成歩堂がいきなり御剣の言葉を遮った。
「キミが僕に何を頼みに来たのか、見当は付いてるよ。というよりも、それ以外に目的なんて無いだろうしね」
「ああ、そうだ。分かってくれているなら、話は早い。それで……」
「まだ引き受けるとは言っていない」

 御剣はうなずく。そう簡単に了承してくれるとも思っていなかった。
 成歩堂の言葉は続く。
「つまりアレだろ。僕に弁護士にもどれって言うんだろ。その夕神検事とやらを助けるために。まぁ、そうだよね。検事では助けようがない」
「そのとおりだ。彼は有罪判決を受けている身だ。だがそれでも君ならば、今度こそ彼を助けることが出来ると」
「……さあ、どうだろうね」


「難しい裁判なのは承知の上だ。だからこそ君しか居ないと思っている。君に出来ないのならば、他の誰にも出来ないだろう」
 御剣は断言した。
 御剣自身、何度も彼に敗北している。そしてそれ以上に救ってもらってもいるのだ。成歩堂の弁護士としての手腕を誰よりも買っているのは御剣だろう。

 けれど、そんな御剣の言葉が届いているのか、いないのか。
 成歩堂は全く表情を変えることなく、淡々と言葉を紡いでゆくばかりだ。
「僕はそこまで有能な弁護士じゃないよ。それに、すっかり錆び付いてしまっている。ずいぶんブランクもあるしね。今から勉強し直すとして、いったい何年掛かることか」
「それでは困る。彼にはもうすぐ死刑の執行日が来てしまうのだ」

「ハァ? 何それ。そんなの僕には何の関係もないね」
「それは……、そうかもしれないが」
 御剣は唇を噛みしめる。成歩堂の言うとおりだ。
「だが……、彼を検事として法廷に引っ張り出すためには、私にもそれなりの権力が必要だったのだ」

「だから彼のために出世したんですか? 検事局長サマ」
 成歩堂の言葉には、隠しようもない棘がある。
「……ムロン、彼のことも動機の一つではあるが、それだけではない。私は『法の暗黒時代』と呼ばれている現在の法曹界を変えたいと思って……」
「さすがは検事局長サマだ。ご立派なお考えですね」
 わざと御剣を苛立たせようとしているかのような成歩堂の態度に、御剣は眉根をひそめる。


 ……彼はこんな男だったろうか。
 法廷では相手を追い詰めるために、こういう手管を使うことはあったかもしれない。執拗に喰らい付いて相手の動揺を誘い、新たな証言を引き出すのは、かつての成歩堂の得意技だったけれど。
 少なくとも恋人に対する態度でないことだけは明らかだ。

(……つまり彼にとって、私はもう『敵』だということか)
 この7年の間に、成歩堂だけではない、御剣も変わってしまったのだ。今までどおりのようには行かないということなのだろう。
 ならば、御剣に出来ることは一つだった。

「すまない、邪魔をしたな。私はこれで失礼する」
 幼馴染みで親友で、誰よりも大切な恋人でもあった成歩堂を、つい頼ってしまった自分が悪いのだ。何も変わっていないと思い込んで。
 彼ならば、自分の頼みを聞いてくれると疑うこともしなかった。そんな傲慢に満ちた態度では、断られるのも当然だ。


 決然と背を向けた御剣に、成歩堂の揶揄するような声が飛ぶ。
「へぇ、あきらめちゃうんだ。キミにはその程度だったってことか。僕の代わりなんて、いくらでも居るものな」
「そんなハズがないだろう!」
 御剣は思わず声を荒げた。振り向くことは出来なかったけれど。
 成歩堂の顔を見ないままで、御剣は想いの丈を言いつのった。

「誰でも良いというのなら、最初からここには来なかった。君の代わりなんて、どこにもいない。誰にも代わりなんて出来やしない。君が君だから私は……」
 声が喉に絡む。言ってやりたいことは山程あるのに、言葉が上手く出てきてくれない。涙が出そうなくらいに悔しくて、今すぐにここから逃げ出したかった。

 血がにじむほどに唇を噛みしめて立ち尽くす御剣の背後で、ぎしりと椅子の軋む音がした。おそらく彼が立ち上がったのだろう。
 そして、カツカツカツ、と靴の音が近付いてくる。
 御剣は身動きすら出来ない。恐怖や不安やいろいろなものが混じり合って、どうして良いか分からなかった。


「……御剣」
 その声がひどく近くから聞こえて、御剣はびくりと身体をふるわせた。
「お前は本当にバカだね」
 耳に優しく響く成歩堂の声に、御剣は思わず振り向く。そこには穏やかな笑みを浮かべる男が立っていた。
 まぎれもなく、御剣が愛した彼の笑みだった。

「……成歩堂」
「僕に頼みがあるのなら、最初からそう言えば良かったんだよ。弁護士としてじゃなく、検事としてでもなく、御剣 怜侍が、成歩堂 龍一を必要としているんだ、ってね」
「だが、それは……」
「そんな個人的な頼みは言い出せなかった?」
 御剣はうなずいた。

 弁護士を辞める前の成歩堂だったなら、御剣も遠慮なく口にすることが出来ただろう。あの当時は、それだけ親密な関係を築いていたから。
 けれど、今の自分たちにそれが出来るのか、それが許されるのか、御剣には判断が付かなかったのだ。
「そうやってお前から距離を置かれることで、僕が傷付くって思わなかったの?」
「あ……」


「お前の態度が余所余所しくて、僕の顔なんかロクに見ないで。それでいて他の男を助けるために、わざわざやって来た、なんてさ。お前にとって僕はその程度かって、思ったよ」
 そうして言葉にされると、自分がどれほど無自覚に成歩堂を傷付けてしまっていたのか、改めて思い知らされた。
「……すまない」
 御剣はうなだれることしか出来ないけれど、成歩堂はそれで許してはくれなかった。

「だったら、こっちを向いてよ、御剣。ちゃんと僕の顔を見て」
 その言葉に御剣が顔を上げると、彼は困ったように微笑む。
「あのさ、御剣。久しぶりに会った恋人に対しては、もっと言うべき言葉があると思うんだけど。お前はそのことについて、どう思う?」
「成歩堂……」

「お前の口から、お前の言葉で聞かせて欲しいな。お願いを聞いてあげる代償としては、決して高くないよね」
 御剣はうなずいた。
 むしろ、たったそれだけで良いのかと思う。今回の借りを返すために、成歩堂にどんな無理難題を言われても仕方がないと覚悟を決めていたのだから。

 けれど、その前提がそもそも間違っていたのかもしれない。
 成歩堂は、御剣のためになら、どんなことでもする男だ。御剣が頼むと言って、彼がそれを聞かない訳がない。
 それを知っていたはずなのに……。


 御剣はおずおずと口を開く。
「私は……、君の心変わりを疑ったワケではない。君を信じられなかったワケでもない。ただ私自身が臆病者だっただけだ。君の言うとおり愚かにも、君と真っ直ぐに向き合うことから逃げてしまっていただけだった」
「そうだね。お前はすぐに僕から逃げようとする。無理だと知っているのにね」

 それは聞きようによっては、傲慢ともとれる言葉だったが、二人の関係を何よりも端的に表す言葉でもあった。
「……そうだな。無理だった」
 御剣は素直に認める。
 自分がどれほど成歩堂に依存しているか、成歩堂がいなくては生きていけないかを知っているのに。

「私は……、私は君をずっと変わらず愛している。もし君も同じ気持ちだとしたら、私の頼みを聞いてくれるか……?」
「もちろんだよ、御剣。僕もお前のことを、ずっと愛し続けているんだから。断る理由なんて、一つも無いだろ?」
「ありがとう……、成歩堂」
 御剣は安堵の息を吐く。
 そしてようやく微笑みを浮かべることが出来た。


「やっと笑ってくれたね。お前のそんな顔を見るのも、久しぶりだな」
 成歩堂のいう『そんな顔』というのが、どのような顔なのか、考えるだけで恥ずかしくなったので、御剣は想像するのを止める。
 それでも自然と頬が赤くなり、成歩堂に笑われた。
「何年経っても、全然変わっていないね、お前」
「……うるさい」
「相変わらず可愛いってことだよ」
「もう、そんな年齢でもないだろう」

 7年前なら良かったのかと言われると、そうでもないが、少なくとも三十路を過ぎた男に言う言葉ではないと思った。
 すると成歩堂はくすくすと笑う。
「それはお互い様。でも僕はお前を可愛いと思うし、触りたいと思うし、キスしたいと思ってるよ」
 あけすけな言葉に、御剣の頬がますます熱くなるけれど。ここで逃げたら、何の意味もなくなってしまうことも分かっていた。

「ならば、そうしたまえ」
「じゃ、遠慮なく」
 成歩堂の腕に抱きしめられ、荒々しく唇を吸われる。久しぶりに味わう感触に、御剣は目眩がしそうだった。
「っふ……ぁん……ちゅく……っ」
 艶めかしい音を立ててお互いに貪り合っていた二人だったが、ふいに成歩堂が唇を離してつぶやいた。


「……血の味がする」
「先刻、唇を噛んでしまってな……」
 苦笑を浮かべた御剣に、成歩堂はからかうようなまなざしを向ける。
「ホントにお前は自虐的だよね。そこまでするくらいなら、僕にいくらでもぶつければ良いのに。僕はお前に殴られても仕方がないって思ってたんだから」

「そんなこと……、出来るワケが」
「そういう不器用なところも好きだよ」
 吐息を吹き込みながら耳元でささやかれて、御剣はぞくりとする。思わず成歩堂の服にしがみつくと、男はいかにも愉しげに笑った。
「感度の良さは相変わらずだ」
「人をからかうのは、いい加減にしたまえ」

「ああ、そうだね。僕もそんなに余裕があるワケじゃない」
「ム……?」
 小首を傾げる御剣に、成歩堂は不敵な笑みを浮かべた。
「おいで、御剣。愛し合おう。久しぶりに会った恋人同士らしく、情熱的にね」



「ぁ……ん……っぁ……くっ……ん」
 御剣は成歩堂の上にまたがって、切ない声を上げる。
 こうして肌を合わせるのが久しぶりだということもあるけれど、それ以上に事務所のソファの上で抱かれているという事実が、御剣を昂ぶらせていた。
「イイよ、御剣。もっと可愛い声、聞かせて」
 成歩堂が下から突き上げるのに合わせて、御剣もまた自分から淫らに腰を振る。成歩堂を受け容れている悦びで、羞恥心もどこかへ失せてしまっていた。

「……んぁ……っ」
 ふいに御剣が激しく全身をふるわせる。剥き出しになった白い肌を舐め回していた成歩堂が、胸の突起を甘く噛んだのだ。
「ここを刺激すると、下が締まるのも変わらないね」
 くすくすと笑いながら、成歩堂は執拗に御剣の肌に舌を這わせる。その度ごとに、御剣の滑らかな肌が成歩堂の無精ヒゲでチクチクと痛んだ。


「……く……っ」
 御剣の前ではそれなりに身綺麗にしていたかつての彼には無かったもので、これだけは好きになれなかった。しかもうらぶれた風貌はまるで別の男に抱かれているかのよう。
 御剣はふいに怖くなって、成歩堂にしがみつく。
「……成歩堂」

 彼の首筋にぎゅっと顔を寄せれば、かすかに懐かしい香りがする。御剣の良く知っている男の匂いだった。
「どうしたの、もう限界……?」
 耳元でささやかれ、御剣はこくこくとうなずいた。
「それじゃ、全部あげようね。一緒に行こうよ、御剣」
「……なる……ほ……どう……っ」

「ああ……、御剣。僕にイク顔見せて。お前の全部、僕に見せて」
「んぁ……ああああ……ッ!」
 成歩堂の黒い瞳に見つめられながら、御剣は絶頂に達した。意識を失う瞬間に、成歩堂もまた切羽詰まったような表情をしていたのを覚えている。
 それと、成歩堂がそっとささやいた言葉を。
「……おかえり、御剣」


 おぼろげになる意識の中で、御剣はぼんやりと考えていた。
(ああ、私はやっと帰ってきたのだな……)
 今となっては、どうしてあんなに離れていられたのか、分からない。お互いにただ意地を張っていただけかも知れなかった。

 けれど、成歩堂が無事に弁護士に戻り、一連のゴタゴタが片付いた後ならば、二人もまたかつてのように会うことも出来るだろう。
 成歩堂も御剣もそれを望んでいるのだから。
 いずれ訪れるだろう幸福な光景を夢見ながら、御剣はうっとりと眠りに落ちてゆくのだった……。




 翌朝、全身の痛みで目を覚ました御剣は、自分が成歩堂の事務所のソファに寝かされていることに気が付いた。御剣の体格ではソファの幅が足りずに、両脚がほとんどはみ出してしまっている。
「痛……っ」
 ゆるゆると身体を起こすと、足も腰も背中も痛くないところが無い、という有様だ。

 と、そこへ能天気な声が掛けられる。
「あ、起きたね、御剣。本当はベッドに運んであげたかったけど、さすがに無理だった、ゴメン」
「いや、構わない。正体を無くしてしまった私も悪いのだ。それよりも……、その姿は」
 御剣は驚きに目を見張る。

 成歩堂の顔には無精ヒゲもなく、髪はしっかりと撫で付けられ、例の青いスーツも復活していた。少々歳は取ったが、御剣の見慣れた弁護士・成歩堂の姿だった。
「弁護士に戻るんだから、ちゃんとしないとね」
「そうか……、それは良かった」
 御剣が安堵の息を吐くと、成歩堂は苦笑を浮かべる。


「やっぱり、あの格好、気になってたんだ?」
「……少々だらしなかったからな……。あまり好ましくはなかった」
「だよねー。お前が寝言でずっと『無精ヒゲが……、ヒゲ……』ってうなされてるからさ。よっぽど嫌だったんだと思って」
 御剣は思わず頬を染める。
 昨夜の感触を思い出してしまったのだ。チクチクするから嫌だ、なんて言ったら、男を喜ばせるだけだろう。

 無言になった御剣に、成歩堂は不敵な笑みを向けた。
「それで、この格好だったら、どう? おはようのキスくらい許してくれるかな?」
「うム……、許可しよう」
 御剣がうなずくと、さっそく成歩堂は『おはようのキス』にしては情熱的すぎるキスを仕掛けてくるのだった……。



           おわり

 
読んで下さってありがとうございます。

例によって「4」をやらないままに書いております。
いろいろ間違っていたらスミマセン。
毎回この言い訳をするのもどうかと思いますが。

ここまで来たら、永遠にやらないで、
ひたすら妄想で突き進むというのもアリじゃないかと、
そんな開き直りの今日この頃です(苦笑)。

今回はちょっとナルホド君がキツイ感じですが、
単純にヤキモチ焼いたからだと思って頂ければ。
本気じゃないことでも、その気になったらペラペラ言える、
それもナルホド君の能力だと思うので。

それにナルホド君は絶対にヤキモチ焼きでしょう。
御剣さんの周りに近付く男は全部排除したい、
そんな気持ちですよ、きっと。

当の御剣さんは何も気付いていなくて、
成歩堂は何をそんなに気にしているのか、と
不思議がっていたりするんでしょうね。

2013.08.22

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