『 似た者同士 』



 御剣がシャワーを浴びて出てくると、成歩堂は缶ビールを片手に、どこか心ここにあらず、といった様子だった。
 何か考え事でもしているのだろうか。ピンと張り詰めた横顔と真剣なまなざしは、軽々しく声を掛けることがためらわれるほどだ。

 御剣は不思議に思う。
 いつもの彼ならば、風呂上がりの御剣が色っぽいだの、水もしたたる何とやらだのと、下らない話をするはずなのだけれど。
 思わず立ち尽くした御剣に気付いたのか、成歩堂がようやくこちらを振り向く。
「あれ? もう出たんだ。早かったね」

 そう言って明るく笑う彼の姿には、それまでの深刻な気配は微塵も感じられない。まるで御剣の見間違いであったかのように。
(そんな筈はない……)
 御剣の胸がちくりと疼く。彼と一緒に居ると、こういうことが多々あった。
 成歩堂 龍一という存在には、いつも心が揺さぶられてしまう。
 知らぬうちに掻き回され、嵐に巻き込まれたように翻弄されて、自分が自分でなくなりそうな感覚は、御剣が何よりも恐れていることでもあった。


 これこそが、恋というものなのだ、と分かってはいても。
 頭では理解出来ていても、感情で納得出来るかどうかは別問題だ。
 引きずられそうな心をぐっと引き留めて、御剣は何気ない口調で尋ねる。
「何かあったのかね?」
「ん……?」
 きょとん、と音がしそうな顔で、成歩堂は小首を傾げた。その様子が演技だとは到底見えない。つまり自覚が無いということだろう。

 そこで御剣は、もう一歩踏み込む。
「いや、君が何か悩んでいるようだったからな。何か厄介な案件でも抱えているのかね?」
 そう尋ねてみると、何故か、成歩堂は無邪気なまでの明るい笑みを浮かべた。
「ええ?! そんな風に見えた……? 何も無いよ。御剣が心配することなんて、何も無い」

 能天気にすら見えるほどの笑顔は、本当に彼が言うように『何も無い』のだと錯覚してしまいそうだった。
 いや、実際にも御剣以外の人間ならば、そのまま彼の言葉を信じてしまうだろう。
 先刻までの深刻な表情も『ああ、食べ過ぎちゃったな。胃もたれだよ。明日の朝はコーヒーだけで良いかな。余計に胃に悪いか……』などという他愛もない悩みかもしれない、と。


 けれど御剣だけは、彼がそんな人間ではないことを知っている。
「本当に、何でもないのだな?」
 御剣が再度尋ねても、成歩堂の表情は変わらなかった。
「ないない。心配性だなぁ、御剣は」
「では、あれは私の見間違いか……?」
「え? 何が?」

 とぼけているのではなく、成歩堂は何を言われているのか、本当に分かっていないのだろう。
 意外なほどに頑固で、けれど誰よりも強い彼は、御剣に対して弱音を吐くことも、愚痴をこぼすこともしない。
 それこそが彼の優しさであり思いやりだと分かっていても、余所余所しく感じてしまう気持ちが抑えきれなかった。

 まるで目の前で扉を閉ざされたような気分だ。そうしておきながら成歩堂は、平然とした顔でニコニコ笑っているのだ。御剣の気も知らずに。
 閉じてしまったドアに、何度も拳を打ち付けて、入れてくれと懇願しても、向こう側からは何の反応も返っては来ない。
 そんなことを繰り返している自分が空しくて。必死に手を伸ばしても、成歩堂には届かないことが、どうしようもなく哀しい。


「……君はいつもそうだ」
 御剣が思わずこぼした声は掠れて、吐き出せない感情が、喉に引っ掛かるばかり。
「御剣……?」
「もういい」
 堪らずに御剣は成歩堂から背を向ける。このままでは彼に酷い言葉をぶつけてしまいそうだった。

「えっと、あの……御剣? ごめん、怒った……?」
「怒っていない」
「でも……、声が明らかに怒ってるけど」
 原因が分からない成歩堂にしてみれば、御剣がいきなりヘソを曲げたようにしか見えなかっただろう。

 御剣は静かに首を横に振る。
「怒っているのではない。ただ……、寂しかったんだ。君が私に何も話してくれないから……」
「僕はお前に隠し事なんてしてないよ」
「分かっている。それが君の優しさなのだと。だが、私はそんなにも頼りないのかと、自分が情けなくなるのだ」


「良く分からないなぁ」
 成歩堂はやはり首を傾げている。
「少しは私のことを頼れ、と言っているのだよ。一人で抱え込むのではなくてな」
 御剣がそう言うと、成歩堂は弾かれたように笑った。
「あはは、お前にそんなこと言われるなんてね。その言葉、そっくりお返しするよ。僕がどれほど手をさしのべても、決して頼ってこないのは、お前の方だろ」
「ム……、そうだろうか」

「僕ってそんなに頼りないのかなぁ、と思うことばかりだよ。まぁ、実際にも頼りにならないかもしれないけどさ」
 照れくさそうに笑う成歩堂を見ていると、御剣の心がふっと軽くなったような気がした。
「つまりは、お互い様というワケだな」
「似た者同士ってことじゃないかな」

「君と私が似ているなどと、これまでに思ったことはなかったが、存外そうなのかもしれんな……」
 人の振り見て我が振り直せ、とは良く言ったもので、自分自身のことほど良く分かってないものなのだろう。
 となれば、成歩堂ばかりを責める訳にはいかなかった。


 御剣は思わず微笑む。それは自嘲の笑みというヤツだったが、その瞬間、成歩堂の声が喜びに彩られた。
「あ、御剣が笑った。怒った顔も美人だけどさ。やっぱりその方が可愛いよ」
 愚直なまでの褒め言葉に、御剣の頬が赤くなる。
「……君はすぐにそういうことを」
「だってホントのことだからね。弁護士ウソつかない」

 おどけた軽口と共に、彼に背後から抱きしめられた。頬が熱く感じられるのは、湯上がりで火照っているだけではないだろう。
 ふふ、と耳元で成歩堂が笑う。
「赤くなった御剣、可愛いね」
 不敵な声でささやきながら、成歩堂の大きな手のひらが、御剣の躰の上を這っていく。こういう時の彼の指は驚くほど器用に動いて、簡単に服のボタンを外してしまった。

「もう後は寝るだけなんだから、こんなに着込むことないのに」
 いっそのことバスタオル一枚で出てきてくれても良いんだよ、なんてからかわれても、もう御剣は満足に返事をすることも出来ない。
「っふ……ぁん……っ」
 甘ったるい吐息が後から後からこぼれてきて止められない。ひざがガクガクと震えて、立っていられなくなる。


「ベッドに行く? それともここでしちゃう?」
 こんな場所ですることなど、御剣が望んでいないことを承知の上で、成歩堂は意地の悪い質問を投げかけてくる。
 こうなってしまっては、どちらも嫌だ、などと御剣が言えるはずもない。しかも実際に嫌な訳ではないのだから。
「……ベッドへ」

「お姫様抱っこしてあげようか?」
「バカなことを言うな。重いから無理だ」
 二人は体格もそれほど変わらない。成歩堂がよほどの怪力の持ち主でなければ、ひょいと担いでいくことなど出来ないだろう。
「それじゃ、どうするの?」
「ムロン、歩いて行くに決まっている」
 そう言って、御剣は颯爽と足を踏み出した、つもりだったが……。

「く……っ」
 どうしても身体が言うことを聞いてくれなかった。
 足元がふらついて、御剣はそのまま床に倒れ込んでしまう。それでも火照った肌には、フローリングがひんやりとして心地良く感じられた。
「歩くのも無理みたいだね。それじゃ、しょうがないか」
「え……?」
 御剣が戸惑っているところへ、成歩堂が覆いかぶさってくる。こんな床の上に押し倒されていることが信じられなかった。


「成歩堂……っ」
「お前には悪いと思うけど、もう限界だよ」
 成歩堂の強い瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめる。触れたら斬られそうなほどの真剣な表情は、嫌でも先刻の横顔を思い起こさせた。
(そうか……、私はこの瞳に)

 見つめて欲しかったのだ、と御剣はようやく気が付いた。
 成歩堂が悩みを打ち明けてくれないことよりも、成歩堂がこちらを見ていないことがつらかった。
 結局は、子供っぽい嫉妬に過ぎない。
 それが分かってしまえば、もう御剣自身でも、己を止めることは出来なかった。つまらない意地を張る必要もないのだから。
「そうだな……、私も限界だ」

 御剣が両腕を広げて迎え入れると、成歩堂はむしゃぶりつくように御剣の胸に顔を埋める。剥き出しになった肌の上に、荒々しいキスの雨が降った。
 赤い跡が付くほどに強く吸われ、そのたびに御剣の唇から切ない声がこぼれる。
「っふ……ぁ……ん……っ」
 もっともっと、とねだるような声が浅ましいけれど、彼を欲しいと思う心が、御剣のちっぽけなプライドを吹き飛ばしてしまう。

「……んあぁ……っ」
 ふいに胸の突起を指先でつまみ上げられて、御剣の身体がびくんと跳ねた。一瞬、床に押しつけられた背中が痛んだけれど、それもすぐに忘れてしまった。
 前儀とも呼べない程度の軽い愛撫だけで、御剣は簡単に昇りつめてゆく。成歩堂も御剣の乳首を熱心に弄っているけれど、押しつけられた下半身はすでに硬くなっていた。


「は……ぁ……、なる……ほ……ぅん……っ」
 嬌声を紛らせたくてキスをねだる御剣に、成歩堂はついばむような軽いキスしか与えてくれない。こちらから舌を伸ばしても、そっけなく返されてしまうのがシャクだった。
 それでいて、身体への愛撫は執拗に、そして激しくなってゆく。御剣の滑らかな白い肌は、鮮紅色のキスの跡で散りばめられ、男の舐め回した唾液でぬらぬらと光っていた。

「もう……、来て……」
 堪えきれなくなった御剣がはしたなく誘うと、成歩堂は先に自分の服を脱ぎ捨てる。たくましい男の身体が露わになった。
 すると御剣の目は自然に、彼の身体の中心へと注がれる。あの大きくて硬いモノで今から貫かれるのかと思うだけで、頭がクラクラしそうだった。

「……ああ……、欲しい」
 夢見るようにつぶやいて、御剣は自分から両脚を開く。
 けれど成歩堂は、そんな御剣を傲然と見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべる。
「すごいね、良い眺めだ」
「……バカを言うな……」

「このままずっと見ていたいな、お前のイヤラシイところ」
「……く……っ」
 成歩堂の余裕な態度に、御剣は唇を噛みしめる。
 欲しいのは自分だけなのか。こんなにも彼を求めてしまっているのに。
「ほら、もっとよく見せてごらんよ。自分で広げてさ」
「……ムう……」
 恥ずかしくて死にそうだけれど、このまま放置されるのは、もっと耐えられない。


 御剣は両手で双丘を広げて、固く閉じた蕾を男の目の前に露わにすると、成歩堂はいかにも愉しげな笑い声を立てた。
「ああ、素敵だ。お前は本当にこんな所までキレイだね」
 ひざまずいて至近距離で熱い視線を注ぎながら、指一歩触れてこない成歩堂に、御剣は怒りすら覚えるが、さすがにこれ以上のおねだりは出来ない。眉間に刻まれたヒビだけが深くなってゆく。

「…………成歩堂……ッ」
「分かってるよ、そんなに切羽詰まった声を出さなくても。すぐに気持ち良くしてあげるから、大人しく待っておいで」
 成歩堂はくすくすと笑いながら、御剣の後孔に顔を埋めた。固く閉じた秘所を舌先でこじ開けられる感触に、御剣はあられもない声を上げた。
「……ひゃう……っ」

 ぴちゃぴちゃと成歩堂の舌が奏でる音が、部屋に響く。それと同時に、御剣の唇からこぼれる声も大きくなっていった。
「ん……、だいぶ解れたね」
 ようやく後孔から顔を外した成歩堂は、口元に唾液の糸を引きながら、にたりと笑う。ヘビが舌なめずりでもするような表情に、御剣はぞくりとした。
 だが、御剣が愛する男の顔を眺めていられたのは、そこまでだった。


 後孔に差し込まれる成歩堂の指が一本から二本へと増やされる度に、御剣の快楽も高まってゆく。内部を掻き回され、蹂躙し尽くされて、一番感じる場所を執拗に攻められて。
 とうとう堪えきれず、御剣は最初の絶頂を迎えた。
 勢い良く放たれた白濁液は、御剣の身体だけではなく、成歩堂の顔にも掛かってしまうが、男はそれを愉しげに受け止めて、すかさず指を三本に増やした。

「お前は一度イッた後に、ますます感度が良くなるんだよね。ふふ、本当にインランな躰だ」
「……っふ……ぁ……ん……」
 もう御剣は成歩堂に全てを任せて、嬌声を放つことしか出来ない。それでも胡乱な思考回路で考えていたのは、彼が欲しい、という事実ただそれだけだった。

「そろそろ良いかな。行くよ」
 成歩堂の指が抜き去られ、代わりに違うものが入口にあてがわれたのを感じる。先端が差し込まれる時には、圧迫感と息苦しさで御剣は身を固くしたが、根元まで埋め込まれてしまうと、もうどうでも良くなった。
「んぁあああ……っ」
 全身をのけぞらせて、御剣はこれまで以上に高い声を放つ。それに合わせるように、成歩堂の抽挿も速くなってゆく。

「すごく……、イイよ、お前の胎内」
「ん……、ぁん……っ、っふ」
 パンパンとリズミカルに打ち付けられる腰の動きに呼応して、御剣の唇から切ない喘ぎがこぼれる。もう声を殺すことも出来ず、ただ啼くだけだ。
 成歩堂のモノが先端までゆっくりと引き抜かれ、一気に根元まで突き上げる。その度に、内壁が掻き回されて擦られて、御剣に絶え間ない快楽をもたらした。


 と、ふいに成歩堂にきつく抱きしめられて、御剣はゆるりと目を開ける。当然ながら、そこには愛しい男の姿が映っていた。
「最後は、ちゃんとお互いの顔を見ながら行こうよ、御剣」
 ふわり、と優しく微笑まれて、こんな場合でありながら、御剣の胸が弾む。ここまでしても、まだ彼を好きになる余地があるのかと、憎らしいほどに。

「……成歩堂……」
「好きだよ、御剣」
 甘い言葉と、それ以上に甘い口付け。
 それで全ては済んだ、とばかりに、成歩堂はまた雄々しく腰を突き上げてくる。御剣は激しく揺さぶられながら、ぎゅっと彼の背中にしがみついた。

「あん……っ、ふ……ぁ……っや……ん」
「……御剣……、もう……、中に……出すよ……」
 耳元で切羽詰まった成歩堂の声がする。
 それが御剣には嬉しかった。ずっと余裕な態度を崩さなかった男が、自分の躰で感じてくれていることが。彼を悦ばせていることが誇らしかった。

「……成歩堂……、全部……欲しい」
 そのおねだりに導かれるように、成歩堂が低い呻き声を上げた。男の精が中に放たれたのを感じ、御剣は歓喜に包まれる。
 そして自分も達した御剣は、とうとう意識を手放してしまうのだった……。



「ん……、ここは……」
 次に御剣が目を覚ました時には、ベッドの上だった。
 どうやら本当に成歩堂が抱えて運んでくれたらしい。お姫様抱っこかどうかは分からないが。
「あ、起きたね、御剣。身体はどう? 痛くない?」
 ベッドサイドで無邪気なまでの笑顔を浮かべている成歩堂は下着姿だった。全裸でなかったことを喜ぶべきだろうか。

 大丈夫だ、と反射的に答えようとして、己の身体が全然大丈夫じゃない状態だということに、御剣は気付く。フローリングの上に押し倒されて、あれこれされたのだから無理もなかった。
 御剣はゆるりと身体を起こしながら、きっぱりと告げた。
「異議を唱える」
「……いきなり何、どうしたの?」

「先刻の話だ。君と私が似た者同士だというアレを、撤回してもらいたい。私は君のような悪逆非道な人間ではないのだ!」
「ひどい言われようだなぁ。確かにちょっとタガが外れちゃって無理させたのは、悪いと思っているけどさ」
「そのように人畜無害な顔をしても、一皮剥けば鬼畜な人非人だと知っているのだぞ」


 御剣の言葉に、成歩堂はがっくりと肩を落とす。
「そこまで言うか……」
「自分の良心に聞いてみたまえ。欠片ほども存在するのだとしたらな」
「僕ほど良心的な人間は居ないと思うけど」
「聞いて呆れるな」
 御剣は深い溜め息と共に吐き捨てて、またベッドの中へと戻る。

 すると成歩堂が情けない声を上げた。
「あの……、御剣サン。お願いだから、もうちょっとそっちに寄ってくれない? それじゃ、僕の寝るスペースがね……?」
「リビングのソファを貸してやる。フローリングで寝るよりマシだろう」
「……根に持ってるね、果てしなく」

「帰るというのなら、ちゃんと鍵を掛けていってくれ」
「帰らないよ!」
「ならば勝手にしたまえ」
 これで話は終わりだと、御剣はきっぱり背を向ける。

 それでもほんの少しだけ端に寄ってやると、嬉しそうに成歩堂がベッドに潜り込んできた。まるでオヤツを差し出された大型犬のように。
 そうして背後から抱きしめられた御剣は、愛しい男のぬくもりに幸福を感じながら、そっと眠りに落ちるのだった……。


           おわり

 
読んで下さってありがとうございます。

そのようなアレのシーンを頑張ろう、
と思って張り切って書いたら、
何だか暴走してしまった気が。
だ、大丈夫でしたか……?(苦笑)

特にナルホド君がやりたい放題です。
私は基本的にヘタレ攻めが好きなので、
普段はそんなにエロエロにはならないのですが、
今回のナルホド君は書いていて楽しかったー。

いかにも攻めらしい攻めという訳ではないのに、
何でこんなにエロくなったのか。
甘え上手というか、おねだり上手というか。
御剣さんも何気に甘やかし過ぎなんだ(笑)。

ちなみに冒頭でナルホド君が何を悩んでいたのか、
あえて言及はしませんでしたが、
おそらく仕事のことでしょうね。
守秘義務っていうだけじゃなくて、
あんまり愚痴を言わないイメージです。
あー疲れた、なんてぼやいたりはするけど。

2013.08.12

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