【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko



『 眠れない夜に 』



「ぁあああ……っ!」
 御剣は自分の叫び声で飛び起きた。
 悪夢に苛まれていた日々からは、成歩堂のおかげで脱することが出来たが、それでも未だにこうして苦しめられる夜もある。

 けれど、昔と違っているのは、隣に愛しい恋人が眠っていることだった。
 御剣はそっと傍らの成歩堂を見つめる。
 どうやら起こしてはいなかったようだ。そのことに御剣は安堵する。彼に心配を掛けたくなかった。

(……成歩堂……)
 御剣は気持ち良さそうに眠っている男の横顔を見つめ続けた。
 暗闇が苦手な御剣のために、成歩堂はベッドサイドのランプだけは消さずにおいてくれるから、温かなオレンジ色の灯りが、彼の寝顔をやわらかく浮かび上がらせている。


 すると、ふいに成歩堂の大きな目がパチッと開いた。
「僕の顔に何か付いてる?」
「起きていたのか……」
「今さっきね」
 成歩堂はくすりと笑うが、御剣のせいで起こしてしまったのは明らかだった。

 それでも、ここで御剣が謝ったら、せっかくの彼の気遣いが無駄になる。
 仕方がなく御剣は、無言で成歩堂の隣に潜り込んだ。
 力強い腕に抱き寄せられて、御剣は男の胸に顔を埋める。
 そうして、静かに目を閉じていると、悪夢によってささくれ立った心が、穏やかに凪いでゆくようだった。

 心臓を握りつぶされるような冷やりとした感覚や、もうこのまま生涯眠ることなど出来ないのではないかという不安も、成歩堂のぬくもりが溶かしてくれる。
 そんな御剣の平穏を壊さないようにと気遣ってか、成歩堂は微かな声でささやいた。
「……御剣……」


 こういう時に、御剣はあまり返事をしない。
 積極的に話をしたい気分ではないし、何よりも、成歩堂が自分の名を呼んでくれる、それを聞いているだけで幸福だから。
 高からず、低からず、心地良い響きで鼓膜を揺らす成歩堂の声が、御剣は好きだった。

 そして成歩堂は、そんな御剣のことを良く理解しているので、何の返事がなくとも、構わずに話を続けてゆく。
「まだ、あの夢見てるんだね。僕が一緒の時は良いけれど、一人の時もああして飛び起きているのかと思うと、心配で堪らなくなるよ。本当にずっと僕がお前の傍に居てやれたら良いのにな……」

 成歩堂の気持ちは嬉しいし、ありがたいと思うけれど。
 御剣は小さくかぶりを振った。
「必要ない。もうほとんど悪夢を見ることはなくなっているのでな。君がそんなに気に病むことはないのだよ」
「……また、それ?」
 成歩堂は深い溜め息を落とした。


「お前を遠く感じるのは、こんな時だよ。僕たちは恋人同士じゃなかったの?」
 ちょんちょん、とからかうような指先で、成歩堂は御剣の眉間のヒビを叩く。
 だが、そう言われても、成歩堂のように能天気な笑顔をいきなり浮かべられる訳もない。御剣の顔はますます強ばり、表情が硬くなってしまうばかりだ。

「だが私は……、どうすれば良いのか分からない」
「だから、もっと甘えて良いよって言ってるんだよ。恋人の僕にすら、弱い部分を見せたくないと思う、お前の気持ちも分かるけどさ」
「そうではない。ただ私は……」
 御剣は成歩堂を見つめ、ほろりと零れるようにつぶやく。
「私は、君に心配を掛けたくないだけなのだ」

 迷惑を掛けて、心配をさせて、気に病ませて、そんなことばかりを続けていたら、さすがの成歩堂でも愛想が尽きてしまうかもしれないから。
 ……捨てられたくない。
 御剣の願いは、ただ一つ、それだけだ。


 すると成歩堂は、何故か明るい声で笑う。
「あはは、何だよ、それ。バカだなぁ、お前は」
「ム……、どういう意味だ」
 御剣のヒビがますます深まるのと対照的に、成歩堂の表情はいかにも楽しげだった。

「だって、簡単なことだろ。僕はお前のことを心配したいんだ。朝から晩までずっとお前のことばかりで頭を悩ませて、僕の中をお前でいっぱいにしておきたいんだよ。だからお前が遠慮する必要なんて、何にもない。むしろ逆効果だね」
「ムう……」
 御剣は思わず言葉が出なくなる。

 自分が考えていた以上に、成歩堂の器は大きかったらしい。
 というよりは、単純に『おかん』体質なだけなのかもしれないけれど。
 息子が母親に心配するな、と言っても無理な話だろう。母親というのはそういうものだ。御剣はあまりそういった経験はないが、それでも想像することは出来た。
 だとすれば、息子ならば、ここは甘えるべきなのだろう。


「……分かった。君に頼みがある」
「もちろん、何でも言って良いよ」
 成歩堂は即答だ。こういう時の潔さは、男らしくもある。
 御剣は一つうなずくと、はにかみながらささやいた。
「その……、手を握っていて欲しい。私が眠るまで」
 そうしたら、きっと悪夢など訪れないと思うから。

 御剣は赤く染まった頬を隠すように、成歩堂の胸に顔を埋めると、成歩堂も優しく髪を撫でてくれた。
 それから、もう一方の手は、御剣の右手に重ねられる。指と指を絡めて、恋人同士が抱き合うように、隙間無くぴったりと。
「これで良い?」
 成歩堂の言葉に、御剣はうなずいた。

 目を閉じれば聞こえてくるのは、成歩堂の鼓動の音。手のひらから伝わってくるぬくもりと、髪を撫でられる優しい感触。
 それら全てが、御剣を癒してくれた。
 いつもならば成歩堂は寝付きが良いので、すぐに寝息を立ててしまうけれど、今は御剣の方が先に眠ってしまいそうだった。

(……たまには甘えてみるものだな)
 御剣は一人でそっと幸せを噛みしめるのだった……。



                おわり


ここまで読んで下さってありがとうございます。m(_ _)m

何となく『泡沫の夢』と似たようなな感じに。
御剣さんが一人でぐるぐる悩んでめそめそする、
うちのサイトのお約束になってきました(笑)。

でも私は悩み多き受けが好きなので、
これからもそういう御剣さんを書いていくでしょう。
それに何よりも御剣さんって、
苦悩している姿が似合うと思いませんか。

言いたいことがあっても心に秘めて言わずに、
あまり内面を打ち明けない御剣さんですが、
ナルホド君が察しが良いせいもあるんですよね。

言わなくても分かってくれる、というのは、
良いのか悪いのか、その結果のすれ違い、
そんな話も書いていきたいな。

2013.09.13

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