『 ミッション:インポッシブル 』



「……ええと、コレは何かな、真宵ちゃん」
 呆然とする成歩堂の前には、カクジツに三人前はありそうな巨大なチョコレートパフェが鎮座している。
「モチロンあたしが食べるんだよ、なるほどくん。せっかくオゴリなんだから豪勢にいかないと」

「こっちのフトコロ具合も察して欲しかったな……」
 成歩堂は深い溜め息を吐くが、嬉しそうな真宵の顔を見れば、あまり文句も言えない。
 そもそも、この小さな身体のどこに、こんな巨大パフェが入ってしまうのか不思議だ。

 けれど、真宵がパフェにほとんど手を付けないうちに、どこからか軽快なメロディが流れ出した。成歩堂にも聞き覚えがあるトノサマンのテーマソングだ。
 真宵は携帯電話を取り出すと、画面表示を見てうなずいた。
「あ、はみちゃんからだ。ちょっと待っててね。少しくらいなら食べても良いけど、サクランボはあたしのだから!」
 びしっ、と言い残して、真宵は喫茶店の外に出ていく。


「頼まれても食べないよ……」
 一人残された成歩堂は苦笑を浮かべるばかりだ。
 それから程なくして真宵は戻ってきたが、その顔は打って変わって沈鬱だった。
「どうかしたのかい?」
「それが、はみちゃんが熱を出しちゃったらしくてね。心配だから様子を見に行ってくるよ」

「そうか。僕も一緒に行こうか?」
 成歩堂の問いに、真宵はかぶりを振った。
「ううん、大丈夫。はみちゃんのことだから、なるほどくんが来たら、かえって気を遣っちゃうだろうし。それに、なるほどくんはこれから待ち合わせでしょ。すっぽかしたら悪いよ」
「まあ、そうなんだけどね……」

 実は成歩堂はここで待ち合わせをしていたのだ。まだ時間があると言ったら、真宵が強引にくっついてきたのである。
 どうせ待っている間は暇なので、真宵にパフェをおごるくらいは良い、と軽く考えたのが失敗だった。
「じゃあ、なるほどくん。後はよろしく」
「ちょ……、真宵ちゃん。よろしくって、これどうするの」
「なるほどくんが食べてよ。残したらもったいないもんね」
「ええ〜?!」


 成歩堂が戸惑っている間に、真宵はあたふたと喫茶店を出て行ってしまった。目の前には巨大なパフェだけが残されている。
「あんまり甘い物は得意じゃないんだけどなぁ……」
 和菓子だったら多少は食べられるのだけれど、生クリーム系は苦手なのだ。しかもこれだけの量を片付けるとなると、かなりの苦行になりそうだ。

 途方に暮れた成歩堂が、スプーンで生クリームを弄んでいると、背後から世にも冷たい声が掛けられる。
「君はいったい何をやっているのかね」
「……あ、御剣」
 どうやら待ち合わせの時間になっていたらしい。信じられないものを見るような目で、御剣がこちらを見下ろしていた。

「えっと、話せば長くなるんだけど。かくかくしかじかでね」
「そうか。春美くんが熱を。それでは仕方があるまいな」
 向かいの席に座った御剣は、納得したらしく、深々とうなずいている。
が、成歩堂の次の言葉で表情を一変させた。
「ってことで、よろしく」
「何がヨロシクなのだ」
「僕はあんまり甘い物が得意じゃないの、お前も知ってるだろ」
 成歩堂が言うと、御剣は眉間のヒビを深くする。


「だがキサマは朝食の時、トーストにジャムをごってり乗せて食べるではないか。そんな言い訳は通用せんぞ」
「ジャムは果物だから、こういうのとは違うんだよ」
「単なる言い逃れにしか聞こえんな」
 御剣は法廷で相手を追い詰める時の顔になっている。

 けれど、そうなれば成歩堂も負けてはいられない。
「そう言うけどね、お前は甘い物は結構食べるって知ってるよ。冷蔵庫にはいつもアイスがいっぱい入っているじゃないか」
「あれはトノサマ……、いや何でもない」
 御剣がアイスを買い占めているのは、トノサマンの懸賞に応募するのが目的だと、成歩堂も知ってはいるが、中身のアイスもちゃんと食べているのだから、成歩堂よりは甘い物が食べられるのではないだろうか。


「僕も頑張ってみるからさ。お前も頼むよ」
 成歩堂の懇願に、御剣もようやくうなずいてくれた。
「致し方あるまい。私が上半分を担当するから、君は下半分を食べたまえ」
「ありがとう。……って、下半分はフレークばかりじゃないか」
「私はフレークが苦手だ」
「僕だって、フレークだけモソモソ食べたくないよ」
 パフェの真ん中辺りまではアイスや生クリームが詰まっているのだが、下半分はほとんどフレークで占められている。これだけを食べるなんて、さすがに勘弁して欲しい。

 すると御剣は大げさな溜め息を付いた。
「ワガママを言うな。元はといえば君の責任だろう」
「いやいや、僕に責任なんて、これっぽっちも無いと思うけど」
 そう言っている間も、御剣は生クリームを口に運んでいる。成歩堂は慌てて彼の手からスプーンを取り上げた。

「何をする」
「交代だよ。僕も上の部分を食べるから、お前もフレークを少しは手伝え」
「ムう……」
 御剣は不満そうな顔をしているが、フレークばかり黙々と食べさせられるくらいなら、苦手な生クリームを片付けた方がマシだ。

 成歩堂がパクパクと生クリームやアイスを口に運んでいると、ふいに御剣が、あっと声を上げた。
「ん?」
「……そのチョコの掛かった生クリームは、私が後で食べようと……」
 恨めしそうに御剣はこちらを見つめるが、もうチョコの部分は一口くらいしか残っていない。


 そこで成歩堂は、その最後の部分をスプーンですくい上げた。
「じゃ、はい。あーんして」
「……ム」
 目の前に差し出されたスプーンを御剣はじっと見つめる。彼が心の中で葛藤を繰り広げているのが手に取るように分かった。

 やがて御剣が、形の良い唇をおずおずと開けたところで、成歩堂はスプーンをひょいと取り上げる。
「なーんてね。あげないよ」
「……君は本当に性格が悪いな。どうして君の友人をやっているのか、時々自分を疑いたくなる」

「お前だって、他人のことをとやかく言える性格じゃないだろ」
「少なくとも君ほどではない。さあ、そのスプーンを寄越したまえ」
 このままでは美味しそうな部分が、全て成歩堂に食べ尽くされると危惧したのか、御剣は成歩堂の手からスプーンを奪い取り、パフェをぱくぱくと食べ始めた。
 実際のところ、御剣はこういうものも嫌いではないらしく、どことなく嬉しそうだった。その姿を眺めながら、成歩堂は自分のコーヒーで口直しをする。

(……いっそのこと残りは全部、御剣が食べてくれれば良いのに)
 なんて成歩堂が虫の良いことを考えているのを感じたのか、すかさず御剣にスプーンを押しつけられた。
「残りは君の分だ。食べたまえ」
「やっぱりフレークばかり残ってるじゃないか。お前も食べろって言ったのに」
「努力はした」
「そうは見えないけどね」


 ワイワイと言い合いをしながらも、どうにか巨大なパフェを片付けてゆく男二人の姿を、少し離れた席から、じっと見つめている目があった。
「うんうん、作戦成功だね」
「さすが、真宵さまです」
 うふふふふ、と意味深な笑みを浮かべている真宵と春美だ。

「ここからだと、話の内容までは聞こえないのが残念だけどね」
「でも、お二人が仲良さそうなのは伝わってきます」
「だよねー」
 真宵は春美に向かってVサインをする。
「これで分かったでしょ。二人は仲良しなんだって」
「はい、真宵さま。とっても仲良しさんですね」
 嬉しそうにする春美を見つめ、真宵も満足げな微笑みを浮かべた。

 元はと言えば、春美の言葉がきっかけだった。
 いつも顔を突き合わせるとケンカをしているように見える成歩堂と御剣のことを、彼女はとても気に懸けていたのだ。
 二人とも好きなので仲良くして欲しいと願う春美に、そんな心配しなくても、二人は十分仲良しなんだよ、といくら真宵が言っても信じてもらえなかった。


 そこで一芝居打つことにしたのである。百聞は一見にしかずということだ。
 方法がパフェになったのは、とっさの思いつきだったけれど、想像していた以上に上手くいったので、真宵も嬉しかった。

 心残りがあるとすれば、あのパフェを食べられなかったことだが、いずれまた成歩堂におごらせる機会もあるだろう。
 その時を楽しみにしつつ、今は目の前の光景を堪能する真宵なのだった……。


         おわり

 

読んで下さってありがとうございます。

今回は珍しくコメディです。
ナルミツ以外の人が出るのも珍しいですね。
ただ単にマヨイちゃんやはみちゃんの口調が
良く分かっていないだけなのですが(苦笑)。

でも御剣さんの前だと格好付けるナルホド君も、
マヨイちゃんには勝てないので、
ヘタレっぷりが書いていて可愛かったです。

やっぱりマヨイちゃんは最強ですね。
何をやらせても許される感じがします。
ナルホド君の人生のパートナーは御剣さんだけど、
『相棒』といったらマヨイちゃんだなぁ。
何だかんだ言って対等ですよね、この二人。

ちなみにこれは友人からもらったネタ。
男二人が楽しそうに一つのパフェを
食べているのを目撃したそうで(笑)。

ナルミツだったらどうなるかな、と
試してみましたが。
あまりイチャイチャさせられませんでした。
だって、そういう性格じゃないでしょ、二人とも。

2013.11.23

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