『 奇跡という名の貴石 』



 ピンポーン。

 ドアベルの音に、御剣は悠然と立ち上がり玄関へと向かう。
 インターホンに出なかったのは、オートロックを解除した時点で誰が来るのかは分かっていたし、元々その約束だったからだ。
 それでも一応、覗き窓で確認すると、特徴的なトンガリ頭がすぐに目に入る。

「入りたまえ」
 御剣がドアを開けた途端、成歩堂の顔がぱあっと明るくなった。
「今日はもう会えないかもしれないと思っていたから、お前の顔が見られて良かったよ」
「ああ、すまなかったな」
 さほど悪いとは思っていない口調で御剣が答えると、成歩堂は苦笑を浮かべる。それでも文句の一つも言わないのは、いつものことだと諦めているのだろう。

 リビングのソファに腰を下ろした成歩堂に、御剣は尋ねた。
「何か飲むか?」
「いや、いいよ。それより、お前はまだ仕事中かい?」
「もう終わったところだが……、何故だね」
「だってほら、メガネ姿だからさ」
 そう言われて御剣は納得する。つい先刻までパソコンの前に向かっていたので、メガネがそのままだったのだ。


「……本当はもっと早く終わらせるつもりだったのだがな」
 溜め息まじりの御剣の言葉に、成歩堂がくすりと微笑んだ。
「仕方がないじゃないか。急に仕事が入っちゃったんだから。僕としては、約束を反故にされなかっただけ、ありがたいと思ってるよ」
「まぁ……、それは……な」
 御剣はかすかに頬を染める。

 いつものデートならば、仕事終わりに二人で夕食を楽しんだり、雰囲気の良いバーで静かな時間を過ごしたりするのだけれど、御剣の仕事がどうしても終わらなくて、家に持ち帰ることになってしまったのだ。
 謝りの電話を入れた時には、成歩堂はそれならまた後日改めて、と言ってくれたけれど。

 夜遅くなっても構わないなら家に来てくれ、と誘ったのは御剣の方からだ。もう食事も済ませている以上、後はやることといったら一つしかない。
 つまり抱いて欲しいから来て、と言っているのと同義で。
 もちろん成歩堂が断るはずもなく、こうしていそいそとやって来たという訳だった。


「何も飲まないというのなら……、シャ、シャワーにするか……?」
 御剣の頬がますます赤くなる。
 いい歳をして、この程度のことで何を恥ずかしがっているのかと自分でも思うけれど、どれほど回数を重ねても、こういうことに慣れることは出来なかった。

 すると成歩堂はいたずらっぽく笑いながら、ふいに立ち上がる。
「そうだね。後でゆっくり一緒に入ろうか。でもまずは軽く、挨拶しておこうかな」
「挨拶……?」
 小首をかしげた御剣の頬を、成歩堂の指がするりと撫でる。それから、からかうように唇に触れられて、御剣は甘い吐息をこぼした。

 そのままキスをされるのかと身構えた御剣を、焦らしている訳でもないのだろうが、成歩堂は御剣のメガネをゆっくりと外して、丁寧な手つきでテーブルの上に置いた。
「最近の僕の一番の楽しみは、これだね」
「ム……?」
「こんな風にお前のメガネを外すことが出来るなんて、恋人である僕くらいだろうからね。その優越感はもちろんだけど。それ以上に、お前のきれいな目が露わになるのが堪らないね。まるで洞窟で見つけた宝箱を開けるような気分だよ」


 いかにも楽しげに笑う成歩堂に、御剣はつい対抗意識を燃やし、挑戦的な瞳で不敵に問いかける。
「つまり私は戦利品という訳か?」
「それだけの価値はあるだろう?」
「それは……、私本人からは何とも言えないが……」
 結局、成歩堂に言い負かされてしまう御剣だ。

 それでも成歩堂の追撃は止まらない。
「僕にとってお前は、どんな金銀財宝よりも価値のある宝物だよ」
「な……っ」
「その透けるように輝く美しい瞳はまるでオパールのようだし、白くて滑らかな肌は真珠のよう。それから薔薇色で可愛らしい唇は……」
「もういい。分かった、十分だ」

「なんだ。まだこれからだったのに」
 成歩堂は人の悪い薄笑いを浮かべている。
「……君はそういう余計な知識だけは持っているのだな」
「幸いにして、記憶力は良いもので」
「そんな暇があるなら、過去の判例でも覚えたまえ」
「お前を口説く台詞を記憶する方が、よほど生産的だからね」
 しれっと答える成歩堂に、御剣は頭を抱えたくなった。
「君は自分の職務を何だと思っているのだ……」

 ようやく弁護士に復帰したところであり、しかも長年のブランクもあるのだから、人一倍努力すべき時期だろうに、この男ときたら。
 だが、こんな軽口を叩いていても、やるべき時はやる男でもあるので、どんなに難しい案件でも勝利してしまうのだろうけれど。
 そこが御剣が成歩堂を尊敬している部分でもあり、シャクに障る部分でもあった。


「僕はしがない弁護士だけど、それ以上にお前に恋する一人の男だよ」
 相変わらず成歩堂の口は減らない。
 そして悔しく思いながらも、彼の台詞につい胸をときめかせてしまう御剣も、やはり相変わらずだった。
「……君という人は」
 真っ直ぐに自分を見つめる男の瞳の強さに耐えられず、そっと目を伏せたところに、荒々しく唇を奪われる。

 反射的に抵抗しようとした御剣だったが、熱っぽい舌を差し込まれて、口腔を掻き回されると力が抜けてしまう。そもそも本気で抗うつもりもなかったけれど。
「っふ……、んぅ……っ」
 自分の唇からひどく艶めかしい淫らな声がこぼれてしまうことに羞恥を覚えつつも、それを抑えることも出来ずに、御剣は成歩堂にしがみつく。

 何十回、いや何百回としていても慣れることはなく、キス一つでこんなにも翻弄されてしまう自分が情けなかった。
 それでも御剣の意志に反して、躰は浅ましいほどに容易く快楽に溺れ、成歩堂を悦ばせる結果になる。

 御剣の口腔をたっぷりと味わって満足したのか、唾液の糸を引きながら唇を離すと、成歩堂は不敵に微笑んだ。
「そんなに急かさないでよ、せっかちだなぁ。それとも今すぐベッドに行くかい? まだシャワーも浴びていないけど」
 御剣は慌てて首を横に振った。

 すると成歩堂は嬉しそうにうなずく。
「そうだよね。それじゃ、さっきの約束どおりに、まずはシャワーからだ。僕が隅々まで洗ってあげるよ」
「そ……、その必要はない」
「良いから、遠慮しないで。さあ」
「遠慮など……っ」
 抵抗も空しく、御剣は成歩堂に言われるままに浴室に向かうことになるのだった……。


     *     *     *      


「っやぁ……、んあ……っ」
 ボディーソープのついた手で全身をまさぐられて、御剣は切ない声を上げる。その反応に気を良くしたのか、成歩堂は御剣の耳元で低く笑った。
「ベッドの上よりも反応が良いんじゃない? もしかして、こういうところでされる方が燃えるのかな、お前は」

「……違……っ」
 御剣がふるふると首を振っても、その声は淫らに甘く響き、悦楽に溺れた瞳は、成歩堂を誘うように潤んでいるのだから、何の説得力も持たなかった。
 成歩堂ももちろんそんなことはお見通しで、しなやかな指先を御剣の肌の上で、からかうように遊ばせているばかりだ。

「そうかなぁ? でもここはこんなに硬く尖っているけどね」
 その言葉と共に、胸の突起を摘み上げられて、御剣はひときわ高い声を上げる。
「んぁああ……っ」
「ほら、すごい声だ。あんまりヤラシすぎて、聞いているこっちの方が恥ずかしくなりそうだよ」
 成歩堂はくすくすと笑いながらも、乳首への愛撫を止めない。とうとう御剣は立っていられなくなって、ぎゅっと成歩堂にしがみついた。


「ああ、大丈夫かい? でも、そんなにしがみつかれたら、身体を洗ってあげられないじゃないか。それじゃ、そっちの壁に両手を付いてごらん」
 もう何も考えられなくなった御剣は、言われるがままに壁に手を付いて、成歩堂に背を向ける体勢になる。
 自ら誘っているとしか思えない格好ではあるが、成歩堂の顔が見えないことで、御剣はほんの少し安堵した。それにこれなら倒れる心配もない。

「よし、良い子だ。じゃあ、他のところも洗ってあげようね」
「んぅ……っ」
 成歩堂はまたソープを手に塗り付けて、御剣の肌に触れる。右手は乳首を含めた胸の辺りを撫で、左手は脇から腹の方へと回された。
「どこもかしこもイイ反応だなぁ。それなら、こっちは……」
 いかにも楽しそうにしながら、成歩堂は左手をゆっくりと下の方へとずらしてゆく。
 足の付け根に指が触れた時には、御剣はびくんと身体を震わせたが、彼の手は御剣の望んでいる場所ではなく、太股の内側へと向かった。

「っふ……、ぁあ……ん……っ」
 成歩堂の手は太股を撫でているだけだが、ほんの時折、手の甲や指先が屹立した陰茎をかすめることがあり、御剣はその微妙な刺激と、満たされないもどかしさに身悶える。
「なる……ほ……ど……ぅ」
「ん? どうしたの、御剣。そんな声出して。もっと違う場所を洗って欲しいなら、正直に言ってごらん」

「そんな……こと……」
「言えないのなら、このままだよ」
 成歩堂の手は、御剣が触れて欲しい場所からほんの少し離れたところを彷徨うばかりだ。焦らされているし、煽られているのだと分かっていても、もう自分を抑えることは出来なかった。
「やぁ……、……来て……っ、欲しい……」
 御剣は悲痛な声で懇願する。それでも成歩堂の態度は変わらない。


「どこへ欲しいのか、言ってくれないと分からないなぁ」
「ぅ……」
 どうやら成歩堂は、どうあっても許してくれるつもりはないようだった。
 御剣は後ろを振り向くと、潤んだ瞳で成歩堂を見つめる。
 こちらを見返す彼のまなざしは、意外なほどに優しくて、からかう素振りなど全く感じられないのが、逆に憎らしかった。

 堕ちておいで、と悪魔に甘く誘われているようで、御剣はきりりと唇を噛みしめる。
 御剣にしてみれば、すでにこんな格好をさせられて、淫らな声で喘がされて、欲しいとまで口にしていて、もう譲歩なんて出来ないと思っているのに。
 成歩堂はそれ以上を求めてくる。御剣が拒めないことを分かっているから。

 どうしてこんな男を好きなんだろう、と思いながら、御剣は最後の言葉を口にした。
「………………」
 蚊の鳴くような声だったが、成歩堂には聞き取れたらしく、いかにも愉しげに笑う。
「了解。それじゃ、じっくり洗ってあげるとしようか。でもまさか、こっちの方だとはね。予想していなかったよ」


 成歩堂はそう言うと、泡まみれの右手をするりと御剣の双丘の間に滑らせた。
 固く閉じていたはずの蕾は、ソープの効果なのか、簡単に成歩堂の指の侵入を許してしまう。中指を第二関節まで埋められて、御剣は切ない喘ぎを上げた。
「んぁあ……っ」

「こっちを洗って欲しいって、おねだりしたのはお前だからね。まだこれからだよ。もっとたくさん味わってもらわないとね」
 成歩堂の指はすぐに二本に増やされて、御剣の中に挿ってくる。
 しばらくは焦らすように入り口付近を突いていただけだったが、堪らなくなった御剣が腰をくねらせると、それが戦闘開始の合図になった。
 成歩堂のすらりとした長い指が器用に動いて、御剣の一番感じる場所を探り当てる。そこを刺激された瞬間、御剣の頭の中が真っ白になった。

「……っ、くぅ……ん……っ」
 がくがくと全身を震わせて射精してしまった御剣に、成歩堂はいたずらっぽくささやく。
「もうイッちゃったんだ。ずいぶん早いじゃないか。前の方は指一本触れていないのにね。後ろだけで達けるなんて、こんなにインランだったかな、お前の躰は」
「……ぅう……」


 何を言われようとも、それがほとんど事実なので、御剣は言い返せなかった。
 しかも達してしまっていても尚、御剣の躰はまだ成歩堂を求めている。指ではなく、もっと別のものを深々と挿し込んで欲しいと。
 そんな御剣の願いが通じたのか、成歩堂はくすっと笑った。

「でも、淫らなお前の姿を見ていたら、僕ももう限界だ。こんな場所で立ったままだけど、挿れても良いかい、御剣」
 御剣は無言でうなずく。
 それを見た成歩堂もうなずいて、御剣の中に挿れていた指を抜き去ると、代わりのものを入り口に押し当てた。
「いくよ」
「くぅ……っん……」

 固くいきり立った陰茎が、御剣の蕾をこじ開けるように、みしみしと中へ挿ってくる。そこは成歩堂の指でかなり解されていたはずだけれど、御剣は呼吸が止まりそうなほどの圧迫感を覚えた。
「もう少しで……全部……、入るから」
 深い吐息交じりの成歩堂の言葉にも、御剣はうなずくことしか出来ない。ベッドの上で抱かれるのとは勝手が違うせいなのか、感覚が鋭敏になっていて、正気を保つだけで精一杯だった。


「……ああ、御剣……」
 ふいに成歩堂が切ない声でささやく。どうやら全て中に埋まったらしい。力強くたくましい男のモノを受け入れている悦びを感じながら、御剣はそっと答えた。
「動いて……」
「きつくないかい?」

「大丈夫だ。君の……、全部が欲しい」
「言われなくても僕の全てはお前のものだけどね。あげるよ、何もかもを」
 そう言うと、成歩堂は両手で御剣の腰を支えて、猛然と突き上げてきた。二人の局部が打ち当たる淫靡な音が浴室の中に響き渡る。

「ぁ、あん……っ、んぁ……っふ」
 がくがくと激しく揺さぶられて、御剣は嬌声を上げることしか出来ない。与えられる快感よりも、こんなにも荒々しく成歩堂に求められていることが嬉しかった。
(もっと、もっと、もっと……っ)
 御剣は自身の欲望に抗うことなく、淫らに腰を振って、成歩堂が与える律動に合わせようとする。成歩堂もまた御剣の求めに全身で応じた。


「御剣、御剣……、御剣……っ」
「んぁ……あ、なる……ほど……っ」
「もう……出る……ッ」
 ふいに成歩堂は後ろから御剣の身体をきつく抱きしめる。それと同時に、男の精が胎内に放たれたのを御剣は確かに感じた。
「……ああ……」
 求めていたものが与えられて、御剣は恍惚の溜め息をもらす。

 そのまま意識を失いそうになるが、ここがベッドの上ではないことを思い出し、どうにかギリギリのところで踏み止まった。
 それでも膝は震え、床にしゃがみ込んでしまいそうになるのを、成歩堂がしっかりと支えてくれる。
「大丈夫かい?」
 御剣はうなずき、切ない声でささやく。

「もう少し……、このまま」
「それは僕もそうしたいところだけどね。やっぱりお前がつらそうだ。続きはベッドの上でした方が良いんじゃないかな。お互いにもう若くないしね」
 いたずらっぽく微笑まれて、御剣は頬を染めた。
 成歩堂の言うとおり、三十路を過ぎた身としては、盛りのついたケモノの如き行為は控えるべきなのだろう。翌朝、動けなくなってしまっても困る。


 そこで二人は慌ただしくシャワーを浴びて汚れを落とすと、バスタオルだけを身にまとって、ベッドに雪崩れ込んだ。
 それから先刻までの荒々しさがウソのような、甘ったるくて優しいだけのセックスを、ゆったりじっくりと一度だけ行い、最後にきつく抱き合いながら、ついばむようなキスを交わした。

「ん……」
「愛してるよ、御剣」
 夢見心地で目を閉じた御剣の耳に、成歩堂の優しい声が響く。
(私も愛している、成歩堂)
 心の中では答えたものの、胡乱な頭では言葉にすることは出来なかった。

 御剣の反応が無いせいか、それとも最初から答えを求めてはいなかったのか、成歩堂は一人で話し続ける。
「僕がどんなにお前を大切に思っているか、お前には分からないんだろうね。宝石に例えたのだって大げさじゃないんだ。お前が僕の腕の中でこうしていてくれることが、まるで奇跡みたいだって感じるよ。こんなに幸せなことはないってね」

(……成歩堂)
「お前が寝ちゃったからって、ちょっとしゃべりすぎたかな。まぁ面と向かっては、なかなか言ってあげられないから、たまには良いか」
 成歩堂は小さく笑ったようだった。
 そして、そっと付け加える。
「おやすみ、僕の御剣。良い夢を……」


 成歩堂は深い意味を持って言ったのではなかったかもしれない。
 けれど御剣にとっては、何よりも幸福を感じられる言葉だった。
 何故なら、成歩堂と再会して以降、一度も悪夢を見ることはなかったのだから。
 成歩堂と共に、幸福な夢だけを見ていられる、それが何よりも御剣にとって嬉しいことなのだった……。

 
         おわり

 
読んで下さってありがとうございます。

最近はイチャイチャさせてもエロはない、
という感じの話ばかりだったので、
今回はガッツリやらせてみました(笑)。

とはいえ、今回の内容ならば
「5」以降の二人じゃなくても良いのですが、
これだと御剣さんがあまり悩まずに、
ただイチャイチャ出来るんですよね。
とにかく幸せな二人を書きたかったので。

それに、いい歳をして恥ずかしがる御剣さんも
可愛いな、と思うのですよ(笑)。
実際に可愛い人は30だろうが40だろうが、
すごく可愛いですからね。うん。
ナルホド君だってメロメロですとも。

2014.04.21

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