『 幸せな時間 』



 事後の気だるさに包まれながら、男の胸に身体を預けると、成歩堂は大きな手でそっと髪を撫でてくれた。
 その感触が心地良くて、うっとりと目を閉じた御剣に、成歩堂はいたずらっぽくささやく。
「今日はずいぶん余裕があるみたいだけど、もしかして物足りなかった?」

「そ、そんなことは……」
 御剣は思わず頬を染め、言わなくても良いことを言ってしまう。
「君はいつも通りだった。おそらく私の方が慣れたのではないだろうか」
 すると、こちらを見つめる成歩堂の目がキラリと光る。
「へえ? そうなんだ。それって、やっぱり物足りないって言われているように感じるのは僕だけかなぁ」

「違……っ。物足りなくはない。むしろ……」
「むしろ?」
「……何でもない」
 このままでは誘導尋問に釣られて、とんでもないことを口走ってしまいそうだ。御剣は慌てて口をつぐむ。


「そこからが肝心なのになぁ」
 成歩堂はわざとらしい溜め息を漏らした後、くすっと微笑んだ。
「でもまぁ、終わった後にこうして話をするのも楽しいからね。恋人同士の特権だ」
「そうだな」

 同じように御剣が微笑むと、いきなり抱きしめられて、キスの雨が降ってくる。
「こ、こら……っ」
「イイじゃない。まだ寝ないだろ? それにお前は放っておくと、どんどん僕から遠ざかってゆくからさ。寂しいじゃないか。僕としてはね、お前の体温を感じながら眠りに就きたいんだよ。こうしてさ」

「ん……」
 成歩堂の腕は優しく御剣を包み込んでくれる。彼がそれ以上のことをする気が無いのは明らかだった。
 だから御剣も安心して、彼に全てを委ねることが出来た。


 ふいに二人の間に沈黙が下りる。御剣の耳に響くのは、とくん、とくんと鳴る成歩堂の鼓動の音だけだった。
 それでも、この静けさが嫌ではない。いっそのこと、このまま眠ってしまいたいと思えるくらいに心地良かった。

 もしかしたら、成歩堂があと5分黙っていたのなら、御剣は本当に眠っていたかもしれなかったけれど。
 沈黙を壊すのを恐れるかのように、彼は低い声で、そっとささやいた。
「……寒くないかい?」
「大丈夫だ」
 御剣は小さくうなずく。成歩堂のぬくもりで、むしろ暑いくらいだったから。

 すると何故か、成歩堂はくすくすと笑う。
「あのね、御剣。こういう時はウソでも寒いって言っておくもんだよ。じゃないと、僕が何も出来ないじゃないか」
「ム……、そういうものか」
 御剣はこういった駆け引きのようなことは苦手だ。少なくとも恋愛に関しては。

 それを成歩堂も分かっているはずだが、彼はこうして時々試すようなことをする。そういう彼の余裕がシャクに障るけれど。
 ここで怒ったり、拗ねたりすれば、それこそ成歩堂の思うツボだ。散々からかわれて、悔しい思いをするのが目に見えている。
 そこで御剣は素直に従うことにした。


「そうだな……。少し寒い……、かもしれない」
 そう言うと、成歩堂の顔がぱあっと輝いた。
「だよね。それじゃ、もっとこっちへおいで。これ以上触れ合えないくらいに肌を寄せて、足を絡めるように……。そう、イイね。そんな感じだよ」
「ああ……、成歩堂」
 彼に言われるがままに肌を重ねると、それだけで御剣の唇から甘い吐息がこぼれた。

 全身が火照って、火傷したように熱くなっていくのが分かる。躰の芯が疼いて堪らない。御剣の身体が分かりやすく反応を示していることは、 きっと成歩堂にも伝わってしまっているだろう。
 けれど、彼は御剣の全身を優しく抱きしめたままで、耳元に甘くささやくだけだった。

「……好きだよ、御剣」
 その言葉を聞くたびに、御剣の胸が息苦しくなるほどに締め付けられる。幸せで、幸せすぎて、どうして良いか分からなくなる。
 気付いた時には、胸の内をさらけ出してしまっていた。
「私の方が、ずっとずっと君のことを好きだ……」


 いつも御剣はそう思っていた。
 成歩堂が居ないと生きていけないと思うくらいに、恋に囚われてしまっているのは自分だけで、余裕のある彼の態度が憎らしいほどだった。
 けれど成歩堂は、御剣の耳元で低い笑いを立てる。
「……何が可笑しい?」
 思わず顔が険しくなった御剣をからかうように、成歩堂はあっさりと答えた。

「だってさ。お前があまりに可笑しなことを言うから。僕がお前と会うために、どれだけの努力をしたか。お前だって知らない訳じゃないだろう?」
「それは……、そうだが」
 成歩堂は、検事の御剣に会うために弁護士になった男だ。
 彼自身に才能もあったのかもしれないが、それ以上に血のにじむような努力があったに違いない。御剣には想像も出来ない日々が。

 だが、それが御剣に対する想いと直結するとは限らない。それこそ成歩堂ならば、ただの『友人』に対してでも、同じことをしただろうから。
 御剣は、成歩堂にとっての唯一無二の存在になりたかった。成歩堂が全てを投げ打っても、自分だけを選んでくれるような。
 ……それが単なる幻想にすぎなくても。


「だが……、私は」
 唇を噛みしめる御剣に、成歩堂は優しくささやく。
「そんなに僕の気持ちが信じられない?」
「……違う」
 御剣は首を横に振る。成歩堂を信じられないのではない。
 けれど……。

 押し黙ってしまった御剣に、成歩堂は小さく溜め息を落とした。
「あのね、御剣。お前は知らないんだよ。僕がお前を手に入れるために、どれほどの努力をしたか。お前に恋してもらうために、どんなに苦労したか。あんまりこういうことを口にするのは好きじゃないけどね」
「……成歩堂」
 おずおずと顔を上げた御剣に、成歩堂は頬に触れるだけの軽いキスをする。

 そして、どこか挑むような口調で訊ねられた。
「それじゃ、逆に聞かせてもらうけど。お前は何かしたかい?」
「……え?」
「僕に好かれるような努力をした? してないよね。ずっとお前はお前のままでいて、気付いた時には僕から告白されていた。そんな感じだったんじゃないの?」
「それは……」


 その通りだった。
 成歩堂と恋人同士になってからは、彼を引き留めようとして、いろいろと努力もしたような気がするけれど、それ以前には何もした記憶がない。
「つまりさ、僕とお前ではスタート地点から違っていたんだよ。そしてお前がようやく僕の元へ追いついてきた。それなのに、自分だけ苦労しているみたいな言い方されたら、ちょっと悔しいよね」
「…………すまない」

「分かってくれれば良いんだよ。それに、僕にも反省すべき点はある」
 成歩堂の言葉に、御剣が小首をかしげると、彼はいたずらっぽく笑った。
「僕がどんなにお前のことを好きか、まだ伝わっていないみたいだから。いっぱい教えてあげなきゃいけないよね。という訳で、今夜はもう寝る暇なんてないから、覚悟しておいて」


「え……、あ……っ、成歩堂……」
 どうやら彼はすぐさま『その気』になったらしく、熱く触れあっている中心が固く張りつめて、御剣の肌を押し返してくる。
「ホントはもっと甘い会話をゆっくり楽しむつもりだったけど。煽ったのはお前だからね。仕方がないよね」
「うう……」

 そもそも最初にカンジてしまったのは御剣で、今も躰の芯が疼いて、早く成歩堂を受け入れたいと急かしてくるほどなのだから、当然拒むことなんて出来やしなかった。
 そして結局御剣は、成歩堂にまた思いきり啼かされてしまうことになるのだった……。


           おわり

 
読んで下さってありがとうございます。

今回は、ただひたすら事後のイチャイチャを描く、
がテーマだったのですが、ちょっと消化不良ですね。
イチャラブが少なくて申し訳ない。

どうしても御剣さんが悩み始めてしまうので、
なかなか思い通りになってくれません。
もっと甘いだけの話が書けると良いんだけど。
でも言うことを聞いてくれないのも御剣さんっぽいか。

たまに自分で書いていても、
ナルホド君の台詞がキザだなと思います。
でもナルホド君にはつい言わせたくなっちゃうんですよね。
どうしてだろう。似合う気がするのですよ。
原作ではむしろ御剣さんの方がキザ担当って感じだけど。

2014.04.05

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