『 ガラス越しの恋 』



 成歩堂と御剣は、久しぶりの逢瀬を楽しんでいた。
 御剣は仕事先から慌てて駆け付けたらしく、メガネを掛けたままだった。
 それは成歩堂にとっては見慣れない姿ではあったが、印象は悪くない。

 年月が経てば、変わるものがあるのは当然で、御剣は変化の少ない方ではないだろうか。
 むしろ成歩堂の目を惹く、という点においては、パワーアップしているとすら言っていいほどだった。


「そのメガネ、似合ってるね」
「そうか……?」
「うん。より理知的でクールな雰囲気になってると思うよ」
 成歩堂がそう言うと、御剣はまんざらでもなさそうな顔になる。

「でも、いつの間に目が悪くなったんだい?」
 その問いに、御剣は苦笑で答えた。
「いや、視力は変わっていない。だが、最近はパソコンでの作業も多くなっていてな。目を守るために掛けた方がいいと医者に勧められたんだ」

「そっか。お前の目、色素が薄いもんな。もしかして光に弱いとか?」
「そんなところだ」
 御剣は重々しくうなずく。
 と同時にメガネのブリッジを指先で持ち上げて、神経質に位置を直した。やはり慣れていないせいか、気になるのだろう。
 成歩堂はそんなところも御剣らしい、と微笑ましく見つめる。


 そうしているうちに、ふと思いついたことがあった。
「もしかしたら僕もメガネを掛けたら、ちょっとは弁護士らしく見えるかな」
「ふむ……、試してみるかね?」
 そう言うと、御剣は自分のメガネを外して、こちらに寄越す。
「度は入っていない。君でも大丈夫だろう」
「じゃあ……、ちょっとだけ」

 成歩堂はドキドキしながら、御剣のメガネを掛けてみる。
 思ったよりも軽く、特に気になるほどの違和感も無い。度も入っていないから、目に映る光景にも変化はなかった。
「えっと、どうかな。似合う……?」
 何だか照れくさくて、ヘラリと笑う成歩堂に対し、御剣の眉間のヒビが深くなる。

「正直に言って、似合っていないな」
「相変わらずだね。もうちょっとオブラートに包むとかさ。頼むよ」
「君を相手に、そんなことをしても仕方があるまい」
「まぁイイよ。僕だって似合うとは思ってなかったし。でもなぁ……」
 失望を隠せない成歩堂に、御剣は小さく溜め息を落とす。
「私はな、成歩堂。君の一番の美点は、その目だと思っているのだよ」


「僕の目……?」
「そうだ。君の意志の強さを示すような大きな目で、まっすぐに見つめられると、吸い込まれそうになる。思わず惹きつけられてしまうんだ。だが、メガネを掛けていると、その威力も半減してしまうからな」
「えへへ、ありがとう」
 御剣にしては珍しく、全開の褒め言葉だ。もしかしたら歳を取って、ツンデレ成分が減少したのかもしれない。

 ついつい成歩堂の顔が締まらないものになる。
 そのタイミングを見計らったかのように、御剣のしなやかな指がこちらに伸びてきた。
「だから、これは返してもらおう」
「……え?」
 成歩堂がきょとんとしているうちに、顔からメガネが外されていた。それは成歩堂にとっては、初めての感覚だった。

「うわ、なんか不思議な感じだなぁ。他人にメガネを外されるのって、まるで服を脱がされているみたいなドキドキ感があるね」
 成歩堂が正直な感想を述べると、御剣はいたずらっぽく微笑む。
「私の気持ちが少しは分かったかね?」
 それはいつも成歩堂にいろいろなものを脱がされてしまっている御剣の、ちょっとした仕返しだったのだろうけれど。

「そうだね。それじゃ、今度からは着たままでしようか?」
「……そういうことではない」
 御剣は拗ねたように顔を背け、頬をかすかに赤らめる。こういう初々しいところは昔と変わっていないようだ。
 恥じらいからか、伏せられた睫毛がふるえて、何とも言えない風情を醸し出す。普段はクールな仮面で隠しているからこそ、垣間見せる素の表情が、いかにも艶めかしく色っぽかった。


「やっぱりお前はメガネを掛けておいた方が良さそうだ」
「ん……?」
「素顔は僕だけに見せてくれればイイから」
 成歩堂は御剣の手からメガネを取り上げて、彼の滑らかな頬に指を這わせる。くすぐるように刺激してやると、それだけで御剣は甘やかな吐息を付いた。

「っふ……ぁ……」
 キスをせがむように、御剣の唇がしどけなく開く。歯列の間から覗く赤い舌が淫靡だった。
「ヤラシイね。おねだりかい?」
 成歩堂が御剣のしっとりと濡れた唇に触れると、御剣はまるで赤ん坊のように指先に吸い付いてくる。

「ん……ぅ……」
 うっとりと目を閉じて、一心不乱にちゅくちゅくと成歩堂の指を口に含む御剣の姿に、男の情欲がどうしようもなく刺激されてしまう。
 指を二本に増やし、口腔内を荒々しく掻き回してやると、御剣はひときわ切ない声を上げた。


「は……ぅ……ん……っ、……っぁ……」
 御剣はこれだけで立っていられなくなったのか、成歩堂の身体にぎゅっとしがみ付いてくる。
 唇からは鼻にかかった甘え声が絶え間なく溢れていた。
(堪らないな……)

 成歩堂が指を引き抜くと、唾液が糸を引いて光る。御剣は唇の端から雫をこぼしながらも、続きをねだるように舌を伸ばして、淫らに喘いだ。
「……ゃ……ぁ……っ」
「もっと欲しいのかい?」
 御剣はこくりとうなずく。そんな仕草は、イイ年齢をした男とは思えないくらいに、素直で可愛らしかった。

「それじゃベッドへ行こうか。僕もそろそろ限界だしね」
 成歩堂の誘いにも、御剣はやはりうなずく。
 成歩堂としては、このままソファに押し倒しても一向に構わないのだが、御剣がそういう行為を好まないことは知っている。
 もちろん、このソファの上でも何度となく御剣を抱いたことはあるけれど。

 もうお互いに情熱に任せて、勢いだけで突き進むことが出来るほどには若くない。ベッドの中で落ち着いて、じっくりと愛を交わす方が相応しいだろう。
「ところで御剣、さっきの提案はまだ有効かな?」
 ベッドに腰を下ろしながら、成歩堂はいたずらっぽく尋ねる。
「提案……?」

「そう。次は着たままでするって話だよ」
「そ……、それは……っ」
 御剣はまた真っ赤になった。そこで成歩堂はますます畳み掛ける。
「そういえば、ベッドの上で着たままするのって、今まで無かったよね。ちょっと背徳的でそそられるなぁ。あるいは服は脱いで、メガネだけ掛けておくってのも悪くないね。コスプレみたいな感じ? お医者さんごっこ的な」


「……いい加減にしたまえ」
 ごすっと音を立てて腹に一発、食らわされた。大して痛くはなかったけれど、これ以上ふざけて御剣の機嫌を損ねてもバカバカしい。
「ごめんごめん。それじゃ……」
 成歩堂は御剣の頬に手を掛けて、彼の色素の薄い瞳をじっと見つめる。

「メガネのガラス越しじゃなくて、お互いの目をよく見ながら、愛し合うことにしようか」
「……そうだな」
 御剣はうなずき返しながらも、成歩堂の視線から逃れるように、そっと目を伏せる。
 そこで成歩堂はすかさず唇を奪うことにするのだった……。


           おわり

 
読んで下さってありがとうございます。

新年最初の更新なので、
やっぱり明るく楽しい話が良いのでは、と思い、
ナルホド君視点になりました。
御剣さん視点だと、めそめそ話になるのでね(苦笑)。

ナルホド君はメガネが似合わないと書きましたが、
実際は割とイイ感じなんじゃないかなと思っています。
御剣さんもいつもと違う雰囲気にちょっとドキッとしたかも。

ただメガネを掛けない方が好きってことですね。
やっぱりナルホド君の一番の魅力は大きな目なので。
メガネだと本心が見えない感じがするんじゃないかなぁ。
この話、御剣さん視点でも面白かったかもしれません。

2014.01.04

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