『 触れて欲しい 』



「お先に頂いてるよ」
 成歩堂がビールの缶をひょいと持ち上げる。先に風呂から出た彼が、キンキンに冷えたビールを飲んでいるのは、いつもの光景だ。
 その頬がほのかに赤くなっているのは、風呂上がりのせいか、それともすでに酔っているのか。

「ああ」
 御剣も濡れた髪を拭きながら、向かいのソファに座った。
 すると、すかさず怒られてしまう。
「ほら、また雫を落としてる。ちゃんと拭かないと風邪引くよ」
 そう言うと成歩堂は、問答無用でバスタオルを取り上げて、御剣の髪を拭き始めた。

「お前って、神経質なようで、こういうところはテキトーなんだよなぁ。ドライヤー掛けないんだったら、せめて水気は取っておかないと」
「放っておけば、そのうちに乾く」
「それはそうかもしれないけどね」
 成歩堂は深いため息を落とした。
「僕のツンツン頭と違ってさ、せっかくきれいな髪なのに、もったいないじゃないか」

「興味が無いな」
 御剣は一言で切り捨てた。
 服や靴など身に着けるものならともかく、御剣は自分の髪にそれほどのこだわりはない。ましてや乾かし方など、正直に言ってどうでも良かった。放っておいても、どうせ朝になれば乾いているのだから。
 むしろ成歩堂が何をそこまで気にしているのか、全く理解できなかった。


「ま、お前がそういうヤツだっていうのは分かっているけどね」
 成歩堂はくすりと微笑む。呆れているのか、諦めているのか。
 それでも彼の手は、御剣の髪を拭き続けている。丁寧に、かつ念入りに。
(……そういえば)
 御剣はふと思い出す。

 成歩堂に初めて抱かれた時のこと。
 その行為によほど緊張していたのか、御剣はあまり記憶に残っていないのだが、鮮明に印象にあるのは、彼の手だった。
 自分に触れる大きな手のひらや、器用に動く指先が、とても美しいと思った。実際にも成歩堂の手の形は均整がとれていて、意外なほどにキレイなのである。

 本人もそれは自覚していて、弁護士をクビになったら、手のモデルで生計を立てていこうかな、などと笑い話にしていたくらいだ。
 だからだろうか。
 御剣は自分が成歩堂に触れられることはもちろん、触れられている光景を見るのも好きだった。彼の美しい手が器用に動く様は、まるで魔法のように思えた。


 だが残念ながら、今は髪を拭かれているから、彼の手を見ることが出来ない。仕方がないので、御剣はそっと目を閉じて、彼の指の感触だけを味わうことにした。
「……ん……」
 こうしていると、大きな手のひらに包みこまれるようで、温かくて心地良い。出来ることなら、毎晩こうやって髪を拭きに来てもらいたいくらいだ。

 けれど、幸せな時間はあっという間に過ぎてしまう。
「はい、おしまい。あれ? 御剣寝ちゃった……?」
 彼の言葉に、御剣はゆるりと目を開ける。
「いや、心地良くてな。つい」
「そっか。ありがとう。ところで、ご褒美はもらえるのかな?」

「……ム……?」
 振り向いた御剣が小首をかしげている間に、すかさず唇を奪われてしまう。舌先をかすかに触れただけの軽いキスは、ほのかにビールの味がした。
「……っふ……」
「続きは後でね」
 焦らすような成歩堂の言葉に、御剣は思わずつぶやく。
「もっと触れて欲しい」


 御剣にしては珍しい直截的な表現に、成歩堂は驚いた顔になった。
「ふふ、ずいぶん大胆だね。それとも、これもご褒美のうちなのかな」
 それは成歩堂の冗談だったのだろうが、御剣は真面目に答える。
「私は君の手が好きなんだ。私の躰の上を君の手が器用に動いていく姿は、芸術的ですらあると思う。とても美しい光景だ」

「ええと、褒められているんだと思うけど、何だかあんまり嬉しくないなぁ」
「何故だね」
 これ以上はない、というくらいの賛辞を送ったつもりなのだが。
 御剣が不満気な顔をしたのに気付いたのだろう。成歩堂は苦笑を浮かべた。
「いやまぁ、やっぱりね。男としてはさ、芸術的だとか美しさよりも、気持ち良かったどうかかが重要なワケで。お前が最中にそんなこと考えていたんだとしたら、ガッカリしちゃうくらいだよ」

「……そうだろうか」
「そうなんですよ」
 成歩堂はいたずらっぽく応えるが、御剣は納得できない。
「だが、美しいものを美しいと感じたところで、何が悪いのだ」
「いやだから、僕が言っているのは、そういうことじゃ……」
 成歩堂は説明しようとして断念したのか、一つ溜め息を落とす。困ったように髪を掻きあげる指先も美しくて、御剣は思わず見惚れた。


 もしも成歩堂の手がごつごつと無骨で、仕草も乱暴で荒っぽかったら、二度と触れて欲しくないと思ってしまったかもしれないから、美しさというのはかなりのアドバンテージだと思う。
 少なくとも御剣にとっては。
 それを分かって欲しくて、率直に伝えてみることにした。

「だがな、成歩堂。美しさというのは天から与えられた才能の一つだと私は思う。それに加えて、君はその手を器用に動かす技術も、私を悦ばせる技巧も持っているのだから、ガッカリすることなど無いではないか」
「まぁ、それはそうだけど。……ん?」
 成歩堂は御剣の言葉を吟味するように、しばらく考えていたが、ふいにパッと明るい表情になった。
「ホントにお前って、分かりづらくて面倒くさい男だね」
「ム……?」

「僕の手に触れられて気持ちイイって感じているなら、素直にそう言ってくれれば良いのに」
「だから、そう言っただろう」
「はいはい」
 成歩堂は呆れた顔で笑う。
「それじゃ、今夜は僕の手に見惚れている暇もないくらいに、感じさせてあげるよ」


           ※  ※  ※   


 成歩堂はそんなことを言っていたが、その言葉に反して、彼の愛撫はひどく優しかった。
 まるで手のひらで御剣の躰を味わおうとするかのように、大きな手を広げて、御剣の肌の上をゆっくりと撫でてゆく。もしかしたら、わざと美しさを見せつけているのかもしれない。

「……ん……っふ」
 御剣は甘い吐息をこぼしながら、彼の手にうっとりと見惚れる。この手に愛されているのだ、と思うだけで気持ちが昂ぶった。
 他愛のない愛撫だけで、すでに御剣の中心は固く勃ち上がっていたが、成歩堂は決してそれには触れず、彼の指は御剣の感じる場所だけを器用に避けてゆく。
 まぎれもなく焦らされているのだろう。

 けれど、まだ成歩堂は服も脱いでいない状態だ。さすがに、ここで屈服するのは早すぎる。御剣は唇を噛みしめて、ささやかな抵抗を示した。
 それでも成歩堂の手から目が離せない。いつもならば、これほどまでに囚われることはないのだが。今夜はすっかり魅了されてしまっているようだった。


 必死に声を殺しながら、成歩堂の一挙一動を見つめていると、ふいに彼がくすっと笑った。
 それと同時に、すらりとした指が御剣の唇に優しく触れる。
「そういうの、痛々しくて見てられないよ。ホントにお前は自虐的なんだから」
「っ……は……ぁ」

 ノックするように指先で突かれて、御剣は思わず唇を開いた。そこへすかさず指が二本、歯列の奥に差し込まれる。
「僕の指なら噛んでも良いよ。それが嫌なら、ちゃんと声を聞かせて」
「……や……ぅ……」
 口腔内を指で思うままに掻き回されて、御剣はしどけなく口を開くしかなかった。成歩堂に痛い思いをさせたくはないし、きれいな指に歯形を残したくもない。

「ん。その顔すごく色っぽいよ。じゃあ、愛し合おうか」
 成歩堂は不敵に笑い、これまで焦らしていたのがウソのように、あっさりと服を全て脱ぎ捨て、御剣の上に覆いかぶさってきた。
 二人の熱く昂ぶった箇所が触れ合って、御剣は切ない喘ぎを上げる。
 たまらずに両腕を伸ばして、成歩堂の背中にしがみつくと、彼はそっと髪を撫でてくれた。


「……成歩堂」
「ん? なぁに、御剣」
 耳元で甘くささやかれ、御剣はつい心の中で思っていたことを口に出してしまう。
「もっと……、撫でて」
「髪で良いの?」
 御剣はそれにも素直にうなずく。

 すると、成歩堂は困ったように、喉の奥でくつくつと笑った。
「こちらが焦らしていたつもりが、すっかり逆転しているな。ホントに僕の恋人は焦らし上手だ。髪を撫でて欲しいなら、後で一晩中でもしてあげるから、今は別のことをしようね」
 まるで駄々っ子をあやす父親のような口調で言われてしまったが、御剣は嫌な気分ではなかった。甘えるのは苦手だけれど、甘やかされるのは得意なのだ。

 御剣がこくりとうなずくと、成歩堂は情熱的なキスで応えてくれる。
 そして御剣は、成歩堂の言葉どおりに、彼の手を見ている余裕もないほどに激しく啼かされてしまうのだった……。



           おわり

 
読んで下さってありがとうございます。

本当はもっとエロシーンを入れようと思ったのですが、
結局、ナルホド君の手の描写に終始してしまいそうで。
それじゃ御剣さんは単なる手フェチだよ……、
という訳で、ほどほど描写になりました。

もちろんナルホド君の手がキレイというのは、
私が勝手に作った設定ですが、
ナルホド君は全体的に良い素材を持っているイメージ。
でもそれを生かし切れていないんです。
御剣さんは素材も良く、しかも洗練されているので、
誰が見てもピカピカという訳ですね。

ちなみにナルホド君の手は女性的な美しさじゃなくて、
男性的な力強さもありつつ、均整も取れている感じ。
骨っぽすぎず、やわらかすぎず。
しかも器用なのだから言うことないですね。

……と書いてみて、ただ単に私が手フェチなだけか、
と改めて実感しました(苦笑)。
ごめん、御剣さん。君はノーマルだよ。

2014.03.08

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