『  笑 顔  』



 お互いの仕事が忙しく、ようやく久しぶりに会えたというのに、今夜は何故か、御剣の表情が冴えない。
 何を言っても、どこか上の空で、物思いに沈んでいる様子だった。
 成歩堂は心の中で溜め息を付く。
 そして、御剣を刺激しないように、穏やかに声を掛けた。
「御剣、こっち向いて」

 その言葉に、御剣はハッとしたように顔を上げる。
「……成歩堂」
 不安げに揺れるまなざしは、捨てられた仔猫のように頼りなげで、颯爽と法廷に立つ敏腕検事の姿とは思えなかった。
 こういう弱い部分を見せるのは、きっと自分の前だけなのだろうから、それを嬉しく思う気持ちも、ほんの少しはあるけれど。

「ね、御剣。せっかく一緒に居るんだから、せめて僕の方を見ていてくれない?」
「あ……、すまない」
「謝らなくて良いよ」
 成歩堂は微笑む。
「きっとお前のことだから、悩まなくても良いようなことをウジウジ悩んで、一人で心を痛めているんだろうけど。それは僕にはどうしようも出来ないしね。悩むな、なんて言っても無理だろ?」


 御剣はこくりとうなずいた。
「君にはいつも見透かされてしまうな」
「そりゃあね。僕はいつでも御剣のことばっかり見てるから」
 御剣のことなら何でも分かる、とまではいかなくとも、出来るだけ理解してあげたいと思う。

「だからさ、せめて僕が傍に居る時くらいは、お前に笑っていて欲しいと思うんだよ」
 もしも自分の居ない時に、御剣が泣いていたとしても、その涙は止めてやれないから。
 御剣の悩みや苦しみも、消し去ってやることなんて出来やしないから。
 ……せめて、そのくらいは。

 成歩堂の言葉に、御剣は驚いたように目を見開いた後、かすかに頬を染めて、はにかみながら、ぎこちない笑みを浮かべた。
「ありがとう」
 そう言ったのは、どちらが先だったか。
 やがて二人の唇が重なり、もつれあうようにベッドに倒れ込んだ。


 そうして情熱的な時間を過ごした後。
 気だるい身体を横たえて、御剣はうっとりと成歩堂の胸に頬を寄せる。
 成歩堂がその髪を優しく撫でてやると、御剣はこぼれるようにぽつりとつぶやいた。
「……私たちの関係は、許されることなのだろうか」
「そんなことをずっと考えていたの?」
 無言でうなずく御剣に、成歩堂は苦笑を浮かべた。

「そうだね。許されることではないかもしれない。お前は検事で、僕は弁護士だから、いろいろと問題はあるだろうね。それに、そもそも男同士だ。受け容れがたい人も多いだろうと思うよ」
 率直な成歩堂の言葉に、御剣は不安げに顔を上げる。
「……許されない……?」

「かもしれない。でも、だったらどうする?」
「え……?」
「お前はどうしたいの。別れたい……?」
 御剣はふるふると首を振った。
「……別れたくない」

「そんなに悩んで苦しんで、きっと許されないことだと分かっていても?」
 念を押すような問いに、御剣はやはりうなずく。
「……別れ……たくない」
「だったら、それで良いじゃないか」
「良い……のか?」
 御剣はやはり不安そうだった。


 成歩堂は、彼の頬を指でつんと突き、微笑みを浮かべる。
「少なくとも僕はね、何があろうとも、お前を手放す気なんて無いから。この関係がどんなに許されないことでも。世界中の人が僕たちを引き裂こうとしても。決して別れたりしないからね。僕の執念深さは知ってるだろ?」
「ああ、君はそういう人だったな」
 御剣は苦笑を浮かべた。成歩堂は御剣に会うために弁護士になったような人間だと思い出したのだろう。

「それにさ。今は後ろ指を指される関係だとしても、時間が経てば、当たり前に受け容れられるようになるかもしれない。同性婚だって認められるかもしれないよ。ああ、そうだ。どうせなら、僕たちの手で法律を変えてみるっていうのはどう?」
 成歩堂は大真面目に言ったのだが、御剣は冗談だと受け取ったようだ。どこか吹っ切れたように、晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。
「全く……、君には敵わないな」

「そうそう。そうやって笑っていてよ、御剣。僕はお前の笑顔が好きなんだ。見ていると、幸せな気持ちになるんだよ」
 成歩堂の言葉に、御剣は嬉しそうに微笑んだ。
「私もだ。君の笑顔を見ていると、心が満たされるような気がする」
「僕もだよ」
 成歩堂は御剣の身体をきつく、きつく抱きしめた。

 御剣がもう不安に囚われないように。
 自分の腕の中でだけは、ずっと微笑んでいてくれるように、と祈りながら。
 そして二人は、いつしか幸福な眠りへと落ちていくのだった……。



           おわり

 
読んで下さってありがとうございます。

本の製作が忙しくて、
あまり長い文章を書く余裕が無いのですが、
このくらいの分量は書きやすいです。

それに長文の時でも、
結局はエロがあるか無いかの差くらいですから(苦笑)。
今回はさくっと端折っちゃいましたが。

悩み多き御剣さんと、
それをさらりと救ってあげるナルホド君。
そんな二人が好きなので、つい書いてしまいますね。

2013.10.19

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