『エレベーター・アクション』 |
二人が『結婚』して、海が見える横須賀のマンションに新居を構えてから、半年が過ぎた頃── しばらくは警戒していたのか、外に一歩も出ることのなかった行も、ようやく新しい環境に慣れたらしく、仙石と一緒に街をそぞろ歩くことも多くなっていた。 いざ、そうして外に出てみれば、横須賀という街は絵の題材には事欠かないので、手にしたスケッチブックの中に、たくさんの風景が切り取られていった。 今日もまた、そんな風にスケッチを兼ねた散歩に出ていた二人である。 ついでに夕食の材料をスーパーで買い込んできた。レジ袋を提げている二人の姿は、見ようによっては新婚さんに見える…かもしれない。 いつものようにマンションのエントランスを抜けて、ポストを確認し、エレベーターホールに向かう。とはいえ、二人の家は2階なので、もっぱら階段を利用していた。 そのつもりで行が階段に向かうと、いきなり仙石がその腕を取って引き止める。そしてそのまま何故かエレベーターのボタンを押した。 「必要ないだろ」 たった1階上がるだけなのに、わざわざエレベーターに乗るなんて面倒で、すかさず抗議した行に、仙石は意味ありげな笑みを浮かべるだけだ。 すでにそこに止まっていたエレベーターはすぐに扉を開けて、二人を迎える。仙石がまず中に入り、行も首をかしげながら、後に続いた。このマンションに来てから、エレベーターに乗ったことなんて、引越しの荷物を運ぶ時以来だった。 行が不思議に思っていると、仙石は『閉』のボタンと、最上階のボタンを押した。ますます訳が分からない。 しかし、もちろんエレベーターは命令に逆らわずに、扉を閉めて上がって行く。 「どういうつもりだ?」 不審げな目を向けた行に、仙石はまたニヤリと笑う。 「こういうつもりだ」 そして、いきなりそう言うと、行の身体をぐいと引き寄せた。行が茫然としているうちに、仙石の顔が近づいてきて、唇を奪われる。何が起きているのか、良く分からなかった。 「んん…っ」 抵抗しようにも、行の両腕はスーパーの袋でふさがれている。仙石はいつの間にか袋を下においていたらしい。計画的犯行だ。 「…誰か、来る…っ」 「来たら離すさ」 「ふ…っ、んく…っ」 深く唇を吸われて、熱く舌を絡められて。息も絶え絶えになりながら、行が必死に訴えてみても、仙石は離してくれそうになかった。 それどころか、余計に楽しそうな顔で、行の首筋に舌を這わせる。もちろん、そこが弱いと知ってのことだ。 「っ…あ」 堪らず甘い声が出てしまい、行はハッとしてエレベーターの階数表示に目を向けた。ずいぶんと長い時間が経ったように思ったが、まだ12階あたりを上っている。最上階の15階までは、あと少しだけれど。 仙石の腕の中で、荒い息をついていた行は、チン、と鳴るベルの音に身体を固くした。しかし、仙石は何事もなかったような顔でするりと行の身体を離し、エレベーターのボタンの前に戻る。 しずしずと扉が開いて、エレベーターが最上階に到着したことを教えてくれたが、幸いにして、そこには誰も居なかった。行はホッと安堵の溜め息を漏らす。 そんな行の表情に満足そうな笑みを浮かべて、仙石は今度はちゃんと『2』のボタンを押した。 「いったい何なんだ」 行はもう訳が分からなくて、ぼんやりとつぶやくことしか出来ない。 「こういうのもスリルがあって楽しいだろ?」 「ふざけるな」 いっそ殴ってやろうかと思った。 それをどうにか思い留まって、怒鳴りつけるだけで勘弁してやろう、とした所に、いきなりエレベーターが止まり、ドアが開く。10階で乗り込んできたのは、可愛らしい赤ん坊をベビーカーに乗せた女性だった。 「べろべろばー」 そんなことを言いながら、仙石はむさくるしいヒゲ面をくしゃくしゃにして、赤ん坊をあやしている。しかし、その顔が怖かったのか、逆に泣かせてしまって、狭いエレベーターの中は大変なことになった。 「…バカだ……」 そっとつぶやいた行の言葉は、必死に赤ん坊をなだめている仙石には届かなかった。 それから、どうにか泣き止んでくれた赤ん坊と困った顔の母親を残して、二人は2階でエレベーターを降りる。 「あー、参ったな」 そんなことをつぶやきながら、仙石は頭を掻いているが、行は、参ったのはこっちだと言いたかった。赤ん坊も苦手だったが、それ以上にエレベーターが嫌いになってしまいそうだ。 「あんなこと、二度とやるなよ」 上目遣いに睨みつける行に、仙石はへらりとした笑いを返す。 「分かった、分かった」 どう見ても、分かっているとは思えなかった。 そこで行は、夕食に作った仙石のオムライスに、ケチャップと一緒にタバスコを山ほどぶち込んで、さりげなく復讐するのだった…。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
私、あんまりシチュ萌えしないタイプなのですが、 エレベーターでキスっていうのは燃えますよね!(笑)。 萌え〜じゃなく、燃えます。 いつか二人にやらせたいと思っていました。 でも二人がエレベーターに乗る場面が思いつかず、 (行の家は一軒家という設定だったので) ずっと温めていたんですけど、 新婚さんの新居は高層マンションですから。 おあつらえ向きに。 ちょうど良いや、と設定を流用しちゃったのでした。 他にも新婚さんならではのネタってあるよなぁ、 と思うので、この先もまた出てくるかも。 とりあえず今回は新婚さんらしく、 スーパーの袋を持たせてみました(笑)。 きっと二人でカートを押して買い物ですよ。 ちなみに料理担当は仙石さんですが、 行もオムライスくらいは作れるようになりました。 そんな設定。 2005.09.19 |