これは 『忠犬・行』 関連の画です。
ちなみに「忠犬・行」とはなんぞや?と思われた方はコチラ→
軽いラクガキのつもりが、みるみる妄想が膨らみ、
こんなSSまで出来てしまいました↓
もはやイヌ型なのかヒト型なのか、書いてる本人でさえ
分からなくなってきてます。

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その話は、ある日突然舞い込んできた。

行くんを譲って貰えないでしょうか?

そう言って、ケンネル仙石を訪ねて来た宮津は、上品で
穏やかな人物だった。
行は人見知りが激しく、初対面の人間に愛想を振りまく
ことはないが、宮津はそれを気にする風でもなかった。
翌日には、夫人を伴ない見学に来た。
やさしげな物腰の夫人は、これまた一目で行が気に
入ったらしく、ぜひ譲って欲しいと仙石に懇願した。
夫妻は、事故で亡くなった息子の代わりに行を飼いたい
のだと打ち明けた。

行は、仔犬の時から誰もが見惚れるくらい美しかった。
毛並みも、しっかりとした骨格も、他の犬より明らかに
優っていた。
少々無愛想なのが難だったが、仙石の言うことだけは
忠実に聞く犬だった。
そんな行が、数々のコンテストで優勝をさらい、雑誌
などのメディアに取り上げられるようになった時から、
いつかはこんな日が来るだろうということは、仙石も
心のどこかで予想していた。

宮津夫妻なら何も問題はない。 
裕福で、たっぷりと愛情を注いでくれる。
理想的な飼い主だ。
ここで暮らすより、ずっと幸せに違いない。
そう結論を出した仙石は、行に新しい飼い主が決まった
こと、そこへ行けば何不自由ない暮らしが出来ることを
告げた。 行は黙って聞いていたが、話が終わると無言の
まま運動場の隅へ行ってしまった。

その晩から、行は餌を食べなくなった。

「どうした行、具合でも悪いのか? ほれ、お前の好きな
ソーセージだぞ。 食わねぇのか? なら、骨っこはどうだ?」
仙石は機嫌を取るように声をかけたが、行はチラリと横目で
見ただけで、すぐそっぽを向いてしまう。 明らかに、
聞いていながら無視している態度だった。

「おいおい、喰わねぇと病気になっちまうぞ。 せっかくの
毛艶も褪せちまうじゃねぇか」
「・・・・・・・・・ほっとけよ」
ボソリと、初めて行が口を開いた。
「何だ? なに拗ねてんだ?」
「あんたには関係ないだろう。 ・・・どうせ、もうすぐ俺を
売り飛ばすんだ」
行が宮津夫妻の元へ行くことを、そんな風に考えていると知り、
仙石はひどく驚いた。

「売り飛ばすなんて、人聞きの悪い言葉だな」
「でも、事実そうだろう・・・」
行の黒い瞳が、真っ直ぐに仙石を見据える。
「あんたは、もう俺が必要じゃないんだ。 ・・・厄介払いが
したいならハッキリそう言えよ!」
吐き出されたセリフに、今回の件で行がどれほど傷ついて
いたのか、ようやく仙石は気付いた。

「ばかやろう、何が厄介払いだ。俺の人生で最大の幸運は
お前が居てくれた事だと思ってるんだぞ。それを・・・・・
人の気を知りもしねぇで・・・。 俺だってな、お前と別れる
のが辛いんだよ。出来ることなら誰にも渡したくなんかねぇんだ」
仙石は、諭すように行の頭を撫でた。
「・・・でも・・・あの人たちに飼われる方が、ここにいるより
幸せだと思って・・・・・」
「あんたは何も分かってない!」
行が、仙石の手を振り払い叫ぶ。

「俺はここに・・・・・居たいんだ・・・ッ」
それは忠犬と言われた行が、初めて仙石の命令に背いた
瞬間だった。  まるで、それ以外に何も願う事は無いと
言いたげな、切実な真情の吐露だった。

「行・・・お前・・・・・」
仙石は、堪らず行を抱きしめた。 
そうすると、自分がいかにこの温もりに日々癒やされて
いたか、どれほど行を大切に想っていたのか、あらためて
強く感じた。

行が、仙石の肩に強く顔を押し付ける。
「俺にとって何が幸せかなんて・・・・・・・そんなことは
俺が・・・自分で決めることだ」
「・・・ああ、悪かったよ。 とんだお節介だったな」
宮津夫妻には明日、断わりの連絡を入れようと仙石は決めた。
まるでその気持ちが伝わったかのように、強張っていた行の
身体から力が抜ける。

もう、どこにもやらねぇよ、と、
仙石は、今いちど強く行を抱きしめた。



おしまい










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