『 チュウ 』
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仙石はいつものように、行の家の前に立っていた。 館山までやってくるのは、かなり長い道のりではあるが、それが全く苦にならない自分に笑ってしまう。 親子ほども歳の違う、しかも男相手に、どれだけ溺れているのやら。 出来ることなら毎日でも会いたいし、いずれは一緒に住もうと思っている。 ただ、仙石には色々なしがらみがあって、それがすぐには果たせないだけだ。 行とは違って、長い時間を人と関わって生きてきた仙石には、捨てられないものも背負っているものも、たくさんあるのだった……。 仙石はぼんやりと行の家を見上げる。 一人で住むには広すぎる一軒家。訪れる客も仙石以外には無く、いくら人付き合いが苦手だといっても、行が孤独で寂しいことには変わりない。 行自身は、それを全く仙石には見せないけれど。 「しょうがねえなぁ……」 仙石は深い溜め息を落とした。 行の想いも分かっている。自分も行と一緒に居たいと思っている。 それでも、こうしてたまに気が向いた時に会いに来るような、中途半端な付き合いしかしてやれない自分が情けなかった。 仙石はもう一度溜め息を付くと、憂鬱を払いのけるように頭を振り、気持ちを切り替える。せっかく行に会いに来たのだから、明るい笑顔を見せてやりたい。 ピンポンピンポンピンポーン。 仙石は力強くドアベルを鳴らした。 この鳴らし方で分かるらしく、行はインターホンで応答することもなく、すぐにドアを開けてくれるのが常だった。 家のどこに居ても、走って玄関までやって来る。その程度では息が乱れることすらない行だが、そんな飼い主を待ちわびる忠犬のような姿を悟られまいと、必死に平静を装うので、かえってバレバレなのだった。 だが、今日は行が出てくる様子がない。じっと待っていても、ドアが開く気配はなかった。 「……留守か?」 だとしたら、家の前で待たせてもらうだけだ。どうせ行のことだから、遠出などするはずがない。近所の公園かコンビニ程度だろう。 以前にもこういうことが何度かあった。 何故なら、仙石はいつも予告無しで、この家にやって来るからだ。何日何時に行く、と告げないままで、ここを突然訪れる。 最初は仙石も律儀に連絡していたのだけれど、行は自分の携帯電話を全くチェックしないし、家の電話も取らないので、事前に言っても言わなくても同じ、という結論に達したのだった。 けれど、本当は別に理由があるのだろう。 おそらく、まだ行と一緒に住んでやれない理由と同じものが。 仙石は、逃げているだけなのだ。 事前に『約束』をしてしまうことは、行を自分に縛り付けることになる。自分も行に縛られることになる。 急に用事が出来て、行けなくなるかもしれない。何らかの事情で到着する時刻が遅れるかもしれない。 それでも行はこの家で、仙石をひたすら待つだろう。『約束』がある限り。 食べることも、眠ることも忘れて、ただじっと仙石を待ち続ける行の姿が、容易に想像出来てしまうから、いつしか仙石は約束をしなくなったのだった……。 「もう一回、呼んでみるか」 もしかしたら聞き逃したかもしれない、と思い、仙石は再びドアベルを鳴らす。 と、いきなり目の前のドアが開いた。もちろん開けたのは行である。 「おう、居たのか」 右手を挙げて挨拶をしようとした仙石だったが、行は仙石のシャツの襟元を掴んで、ぐいと家の中に引き込んだ。 そして、そのままドアを閉める。 「お、おい、何だよ……」 困惑した仙石が抗議をしようとしたところを、しがみついてきた行によって止められてしまう。 ぐいぐいと唇が押しつけられていることで、ようやく自分がキスをされているのだと分かった。 ふるえる指先が、すがりつくように仙石の服を握りしめる。重ねられた唇の動きもたどたどしく、行の必死さだけが伝わってくる。 情欲や性欲、そんなものは欠片も存在しない。まるで愛に飢えた子供がぬくもりを求めるかのような仕草だった。 仙石は、ふいに行へのいとおしさが溢れてくるのを感じた。 それはある意味では、父性愛にも似たものだったのかもしれない。 ただそれでも、この手を離してはならないと思った。ずっと傍に居てやらねば、と。 行の髪をくしゃりと撫で、しがみつく腕を優しくほどいて、身体を離すと、ようやく行の顔を見ることが出来た。 その目には涙などない。むしろ怒っているようにすら見えるけれど、仙石には行が泣いているように思えた。 「なかなか会いに来れなくて、悪かった」 行はこくりとうなずく。 「壁画の仕事が入っちまってな。その後も兄貴の用事で何だかバタバタしてよ、一ヶ月くらい経っちまったな。本当にすまん」 行は、今度は首を横に振った。気にするな、と言いたいのだろう。 「……俺は、いつもお前を待たせてばかりだな」 行はまた首をふるふると横に振った。 その姿に、仙石はもう言葉が出なくなった。 ただひたすらに強く、強く行の身体を抱きしめる。 そうして、どのくらいの時間が経っただろうか。 やがて仙石は、行に言い聞かせるように、そっとささやいた。 「これからは、ずっと傍に居る。もうお前に寂しい思いはさせねえからな」 ……それは、誓いだ。 現実には、今すぐに一緒に住むのは無理だろう。片付けなくてはならない問題も、乗り越えなくてはならないことも山積している。 それでもいつの日か、きっと必ずその時は来るのだ、という『約束』だった。 「……ありがと、仙石さん」 仙石の想いが伝わったのか、行がぽつりとつぶやいた。 そして二人はどちらからともなく唇を重ねるのだった……。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
キスで始まり、キスで終わり。 お題の締めには相応しい話になったかな。 こんなネタも何度も書いている気はしますが。 ひたすら待つだけの行と、待たせる仙石さんと、 それぞれに悩み苦しみや葛藤があるんですよね。 それでも最後は一緒に居られるんだろうな、と。 チュウをテーマにしたこのシリーズも、 これでとうとう終えることが出来ました。 思えば最初に書いたのが2006年の1月ですから、 5年半も掛かったことになります。長かった……。 それだけ仙行を書き続けているのだと思うと、 感慨深くもありますね。 今はもう滅多に更新していませんが(苦笑)。 またいつか思い出したように書くかもしれません。 2011.06.06 |