『 海風之楽園(かいふうのらくえん) 』
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尻尾を振ってついてくる仔犬。 仙石には時々、行がそんな風に見えることがある。 仙石が行く場所ならば、何の疑問も持たずに、信頼しきって、後をついてくるのだ。 たとえ前方が断崖絶壁だったとしても、このまま進めば落ちて死んでしまうとしても、仙石が進んでいく限りは、行は足を止めることはしないだろう。 おそらく『死にたいか』と聞けば、死にたくはないと答えるはずだ。 まだ仙石の半分も生きていない、20年と少ししかない人生なのだから、やり残したことも、これからやりたいと思うこともいっぱいあるはずなのに。 それでも……。 「俺が死ねと言ったら、こいつは何のためらいもなく死んじまうんだろうな……」 傍らで、天使のように無邪気な寝顔を見せている行を見つめて、仙石はつぶやいた。 「どうして?」「なんで?」と尋ねることもせずに、仙石がそう言うのならば、それが正しいことだと信じきって。それが仙石の望みならば、と。 その不安定な危うさが、仙石は恐ろしかった。 無論、仙石は行に『死ね』などとは言わない。決して言うはずもない。 けれど、自分の言動の全てが正しいことなのだ、と確信を持てるほどの自信家でもない。行と一緒に断崖絶壁に向かって突き進んでしまう可能性だって、皆無ではないのだ。 もしも仙石が間違っていたら諌め、考えを改めさせてくれるのが、正しいパートナーとしての在り方ではないだろうか。 盲目的についてきて、一緒に破滅するのではなく、共に幸福に到る道を探すことの出来る相手こそが、本当の人生の伴侶と呼ぶに相応しいのではないだろうか。 「俺は……、失敗しちまってるからなぁ」 仙石は思わず苦い笑みをこぼす。 かつて、人生の伴侶と定めた女性を、仙石は幸福にしてやることが出来なかった。それどころか彼女の人生を台無しにしたのかもしれなかった。 その過去の経験から、自分が臆病になってしまったことは自覚している。行の人生の全てを背負ってゆけるほどの自信は、欠片ほども存在しない。 だが、もしも今、行の前から自分が居なくなったら……? たった一人になっても、行はちゃんと生きていけるだろうか。今までのように、朝起きて、食事を取って、絵を描いていられるだろうか。 その想像が、仙石にはどうしても出来なかった。 いや、想像したくないだけかもしれない。 この行が、自分が居なくなっても、これまでと変わらない生活を淡々と続けているとしたら、いつしか自分が居ないことも当たり前のようになってしまうとしたら。 それこそが、何よりも恐ろしいだけかもしれなかった。 仙石は自分の手のひらを見下ろす。節くれだった武骨で大きな手には、今は何も入ってはいないけれど。 この手をぎゅっと握り締めるように、行の人生も握りつぶしてはいないだろうか。 本来ならば自由に空を羽ばたくことが出来る鳥を、無理やり鎖で縛って繋ぎ止めてはいないだろうか。 大海原を優雅に泳ぎ回るはずの魚を、小さな水槽の中に閉じ込めて、飼い殺しにしてはいないだろうか。 仙石には分からなかった。 そう簡単に答えが出るくらいなら、最初から悩む必要もないのだ。 仙石と共に生きることを望んでいる行。 行と共に生きることを望んでいる仙石。 二人の想いは同じだ。それだけは間違いない。 けれど、二人が一緒に居ることこそが、正しいのかどうか判断できる者は、誰も居ないということが、何よりも問題だった。 もしも二人の行き先に破滅しかなくても、行と一緒ならば構わないと思う。それどころか行と一緒に堕ちて逝きたいとすら思う。 そう考えてしまう己自身が間違っているのなら、やはり二人の未来には破滅しか存在しないのではないか。間違った選択肢しか選べないのではないか。 答えは出ない。出ないのだ。 それでも二人の生活は続いてゆく。もう離れることは出来ないから。 小さなボートに二人で乗って、オールも持たずに荒海に漕ぎ出していくようなものだ。結果など、最初から見えている。 だが……、もしかしたら。 ほんの小さな波で転覆してしまいそうなボートでも、いつかどこかへ辿り着けるかもしれないではないか。 風に運ばれて、潮に流されながら、誰も知らない楽園に辿り着けるかもしれない。 それを夢見ることくらいは、許して欲しかった。 「どうか、良い夢を……」 仙石はそっとつぶやくと、静かに眠る行の頬に、小さな口付けを落とすのだった……。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m お題なので、分量的にはこんなもんです。 でも内容が薄いよね……(苦笑)。 しかもタイトルの割に暗い話になっちゃうし。 ふと気が付くと、似非ポエムを量産してしまいます。 『お題』というのが、そういうものなのですが、 明確に書きたいテーマがある訳ではない所から始まるので、 脊髄反射でぼんやり書いていると、こんな感じに。 イメージだけで書いてはいけませんな。 というよりも、私の作風が『お題』というシステムには、 合ってないのではないだろうか、と今更ながらに思ったり。 でも、もう仙行のネタ自体が本当に思い浮かばなくて、 (書き尽くしてしまった感があり) お題というヒントでもない限りは、 書いてゆけない気もしているので、困ったもんです。 2010.04.15 |