『 れんと 』
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……多分、俺たちは一般的に言う所の『付き合っている』という状態なのだと思う。 いや、もちろん俺の独りよがりの思い込みなどではなくて、俺が行に自分の気持ちを打ち明けたら、行もまた同じ気持ちだと言ってくれた。 俺みたいなくたびれて冴えないおっさんを、どうして行が好きになってくれたのか、どこを気に入ってくれたのかは最大の疑問だが、ここは行の気持ちを信じたい。 それに、そもそも行は俺に嘘を吐くことなんて出来はしないのだ。 今までいっぱい嘘を吐いてきたから。 あんたのこともだましてきたから。 もう嘘は言わない、と頑ななまでに自分を律している行だから、あれはまぎれもなく真実なのだと、俺は信じているのだ。 だが、それなのに。 俺たちが恋人同士になったその日から、行は俺と目を合わせなくなった。俺が近寄ろうとすれば逃げる、話しかけても上の空。 明らかに行の態度はおかしかった。 俺が何か失敗をやらかして、行を怒らせたのかもしれないが、心当たりは全くない。 だとすれば、考えられることは一つだった。 もしかしたら行は、後悔しているのではないだろうか。 俺から告白されて、つい同意してしまったが、そこまでの強い気持ちではなく、あくまでも友情の延長くらいだったのではないか。 それがいきなり俺に恋人面されて、べたべたと付きまとわれたら、確かに避けられるのも当然だ。 普通の人間だったら、『好きだ』と言って、『オレもだ』と返ってきたら、それで恋人同士と呼べるだろうが、如月行に関しては断言できない。一般的な常識とはかけ離れている存在なのだから。 ここは本人に聞いてみるのが一番だろう。 恋人でありたいのは山々だが、行が望んでいない関係だとしたら、無理に続ける意味はない。 またも俺の顔を見るなり逃げ出そうとした行の襟首を引っつかんでソファに座らせて、俺は単刀直入に問いかけた。 「行、どうして逃げるんだ。俺のことが嫌いになったか?」 すると行は、目を逸らしたままで、ぼそりとつぶやく。 「……嫌いじゃない」 「それじゃ何で逃げ回ってんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え。お前らしくねえぞ」 俺の言葉に、行はハッとした顔でこちらに向き直った。 「仙石さん、分からないんだ」 「何が?」 「……恋人って、何すれば良いのか」 ためらいがちにつぶやかれた行の言葉に、俺は思わず微笑んだ。 「それで、どうして良いか分からなくて、逃げ回ってたのか。お前って奴は」 「だって……、今日からいきなり恋人だって言われても、昨日と何が変わったのか分からないし、どう切り替えれば良いんだよ」 行はちょっと拗ねたような顔になる。そんな所は子供っぽくて可愛らしかった。 「馬鹿だな。そんなの悩むことじゃねえだろ。そのままで良いんだよ。スイッチを入れるみたいに替えられるもんじゃねえんだ。いつもどおり、自然にしてろ」 俺が頭をぽんと叩くと、行は小さく首をすくめた。 「自然って言われても……。オレ、いつもあんたといる時どうしてたっけ」 「しょうがねえなぁ。そこに座って本でも読んでろ。コーヒー淹れてきてやるから」 「分かった」 行は素直にうなずくと、部屋から文庫本を持ってきて、大人しくソファに腰を下ろした。それこそが俺の知るいつもの行だ。 窓からリビングにやわらかく差し込む秋の日差し、部屋の中に広がるかぐわしいコーヒーの香り。そして腰掛けたソファの隣には、猫のように丸くなって本を読む行のぬくもりが感じられる。 俺の求める幸福な光景がここにあった。 それから、どのくらいの時間が経っただろうか。 「仙石さん」 ふいに行が口を開いた。俺は読んでいた新聞から目を上げる。 「ん?」 「……これでいいの?」 「何が?」 「恋人同士って、本当にこんなんでいいの?」 小首をかしげながら尋ねてくる行は、まるであどけない少年のようだ。思わず心がとがめる。これでは子供をたぶらかすイケナイおっさんじゃないか。 それでも、もちろん行を手放すつもりはないが。 「まぁな、これだけじゃねえだろうな。恋人だったら他にも色々やることはあるけどよ。順序ってもんがあるだろ。少しずつ進んでいけば良いさ。俺もお前もな」 「色々って?」 「そのうちにな」 俺は苦笑を浮かべた。行がこんな調子では、恋人同士のあれやこれやをするには、まだ当分先になりそうだ。 もしも俺が血気盛んな年頃だったら、こんな悠長なことは言ってられずに、行を無理やり押し倒すくらいのことはしちまうかも知れねえが、幸いにして、もうすっかり枯れたおっさんだ。忍耐力もそれなりに備えている。 だからお互いに無理することはない。 一歩一歩、ゆっくりと歩いていけば、それでも前には進むのだし、いつかはどこかへ辿り着けるだろう。 ……だから、まずはこのくらいから始めるか。 「行、ちょっと顔を上げてみな」 言われるがままに、こちらに顔を向ける行の唇に、俺はかすめる程度のキスを落とした。 そして、突然のことに声も出ないのか、すっかり固まってしまっている行に、俺はささやく。 「これが恋人同士の第一歩だな」 すると、にわかに行の頬が赤く染まった。 「いきなり何するんだ、バカ!」 すかさず愛のパンチを食らってしまうが、これはこれで幸せな痛みじゃないかと思う俺なのだった……。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
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私はこの二人に関しては、恋人未満というか、 あんまりイチャイチャしていないのが好きなので、 つい、そんな話を書いてしまいがちになります。 今回のネタも何度もやっているよなぁ、と思ったので、 珍しい仙石さんの一人称にしてみました。 難しかったよー。一人称、苦手。 でも仙石さん視点の一人称の良い所は、 行たんをどれだけ可愛く描いてもOKってことでしょう。 だって、仙石さんにはそう見えているんですから(笑)。 私のイメージする仙行の二人は、 いつもナチュラルにくっついているけれど、 いちゃいちゃベタベタはしていない、という感じ。 狭いソファに二人で無理やり座っていても、 キスの一つもしてません。 それぞれ自分の好きなことをして、 ゆっくりくつろいでいるのでした。 2009.10.07 |