【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『 夢見る力 』


「なぁ、行。お前の夢って何だ?」
 いきなり仙石にそんなことを聞かれた。
「夢……?」
 行は困惑するばかりだ。仙石が言っているのは、夜寝る時に見る『夢』の話ではないだろう、ということくらいは理解出来るけれど。
 オウム返しにする行に、仙石は苦笑を浮かべた。

「将来こうなりたい、あんなことをしたい、って色々あるだろ」
「いきなり言われても……」
 正直に言って、自分の将来なんて、ほとんど考えたこともない。工作員の時は将来どころか、明日生きていられるかどうかという状態だったから、今はその心配がないだけで、毎日が穏やかで幸福だ。
 今日と同じ一日が、明日も続けば良いと思う。それが一日ずつ積み重なって、いつの日か、永遠にも似た年月になるのではないだろうか。

「今日が幸せだったら、それで良いよ」
「欲が無えなぁ、お前は」
 何故か仙石は、ちょっと呆れた様子だ。
 けれど、行が望んでいることは、ただ二つしかないのだ。
 まず一つは、ずっと好きな絵を描いていること。
 もう一つは、ずっと好きな人と一緒にいること。
 すでにその二つが叶ってしまっているのだから、それ以上何を望んだり、願ったりすれば良いのか分からなかった。
「もう十分だから」
 淡々と告げた行の言葉に、仙石はどうやら不満のようだった。


「そんなに大げさに考えることはねえんだぞ。例えばキャビアを腹一杯食べたいとか、一等の宝くじを当てたいとか、その程度のことでも良いんだよ」
「別にキャビアは好きじゃないし、宝くじも当たらなくて良い。お金ならあるし」
「例えば、って言ってんだろ。全くお前って奴は」
 仙石は盛大な溜め息を吐いた。
「それじゃ、お前の好きな食べ物は何だ。とにかく何か言ってみろ」

 仙石の問いに、行はしばし考え込む。
 元来があまり食べ物に執着しない性質だ。工作員になってからは、ますますそれが顕著になり、食べられるものならば何でも良いというレベルになった。引退した今でも、その悪癖は直っていない。
 こんな自分に好きな食べ物を聞く方が無茶だ、と行は思ったが、もちろん口には出さなかった。言ったら怒られるに決まっているのだ。
 そこで好きな食べ物を必死に考えることにする。そこまでしないと思い浮かばない時点で、もう駄目な気もするけれど。

 ブロックタイプの栄養補助食品は、いつでもどこでも食べられるし、味のバリエーションもあって飽きないし、何より手軽に栄養補給が出来るのが嬉しいけれど、これが好きかと言われたら、何となく違うと思った。
 つまり仙石が言っているのは、一番美味しいと思ったもの、という意味ではないのだろうか? 悩んだ末に、行はそう判断する。
 となると、思い付くのは一つだけだ。

「仙石さんが作ってくれるオムライス」
「じゃあ、それを腹一杯食うのが、お前の夢か。って、そんなのいつでも出来るじゃねえか」
 一人でボケたりツッコんだり仙石は忙しいが、それに対する行の答えは単純明快だ。
「でも、あんたがいないと食べられないだろ」
「そりゃあ、そうかもしれねえが。いくら好きだって言っても、毎日食べたいって程じゃねえだろうよ」
「オレは毎日でも構わない」
 行は即答した。


 すると仙石は驚いたように目を見開き、すぐに明るい笑みを浮かべる。
「本当にお前って奴は仕方がねえなぁ。今時の幼稚園児でも、もうちょっとマシなことを言うと思うぜ?」
 口ではそう言いながらも、終始ニヤニヤと嬉しそうにしているから、行は自分が間違っていなかったと思った。
「あんたのオムライスを毎日食べる。それがオレの夢だよ」
 行が改めてそう言うと、仙石は行の髪をくしゃりと撫でた。
「じゃあ、今日から張り切って作らねえとな」
 仙石の言葉に、行は力強くうなずく。

 自分の夢は全て叶ってしまった。もう見たい夢は存在しない。
 だから、この幸福が一日でも長く続くように、と行は祈るのだった……。


               おわり

ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

今回のお題のタイトルを見た時に、
行が将来を夢見られるようになったのは、
仙石さんがいてくれるからだよ、
という話を書こうと思ったのですが、
それじゃ行の将来の夢って何だ?
と考えたら、全然思い浮かばなくて(苦笑)。
結局、こんな話になりましたとさ。

でも波乱万丈の人生を送ってきた行にとっては、
何も起こらない平凡な日々が続くことが、
一番幸せなのではないかと思うので、
毎日仙石さんの手料理を食べていれば良いですよ(笑)。

まぁ、仙石さんは毎日オムライスだったら、
いい加減にしろって怒るだろうけど。
確実に飽きるからね。耐えられないよね。
だからオチを「いや、飽きるだろ、それ」
というツッコミにしようとした私ですよ。
でもさすがにそれは行が可哀想なので止めました(苦笑)。

2009.08.05

戻る     HOME