【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『海からのおくりもの』


 ──夢を見る。

 海面には、ゆっくりと自沈していく"いそかぜ"の姿。
 まるで巨大な墓標のような……、いや実際にも墓標だったのだろう。
 遺体は回収されず、墓すら作ってもらえないような者たちが、あの中には存在していたはずだ。そしておそらく『如月行』もその一人で。

 だから、仙石が見つけてやらなきゃならなかった。
 ここで死んだら、あいつはいったい何のために生きてきたのか。
 これからあいつにとっての新しい人生が始まるのではないのか。
 こんな所でそう簡単にあいつが死んではいけないんだ。

 そんな祈りにも似た想いで、海面に目を凝らしてみても、行の姿を見つけることは出来なかった。
 重傷を負った身体は、ロクに動かすことが出来なくて、それがもどかしい。いっそ自分が死んでも構わないから、海の中に飛び込んで行を探したかった。
『行、行……、どこにいるんだ……っ!』

 気持ちは焦るばかりで、成果は全く得られない。ホバリング中のヘリのローター音だけが、やたらと耳についてうるさい。バラバラという音が仙石の苛々をつのらせた。
『ああ、うるせえ。俺は行を探したいんだ。もっと近くに寄ってくれ。燃料なんて無くなっても良い。行を見つけるまでは帰らねえぞ!』
 そう怒鳴りつけてやりたくても、弱った身体では声も出ない。

 行が見つからない。見つからない、見つからない……。

 光すら届かないような暗い海の中に、行の身体が静かに沈んでいく幻が見える気がした。まだあどけなさの残る顔には、きっと満足げな笑みをたたえているだろう。
 もしかしたら行にとっては、その方が幸せなのかもしれない。
 その手をひたすら血に染めて、他人を傷付けて己も傷付きながら、苦界のごとき現世で生きて行くよりは、安息に満ちた死者の世界の方が、よほど居心地が良いのかもしれないけれど。

 それでも仙石は、行に生きていて欲しかった。
 結果として、仙石は行を見捨ててしまったけれど。行を見つけることが出来ないまま、あの場を去るしかなかったけれど。
 だからこれは、単なる罪悪感かもしれないのだけれど。
 ……仙石は、行に生きていて欲しかったのだ。


 いったいこれで何度目になるのか。
 行を見捨てて自分だけが生き延びたあの光景を、仙石は夢の中で繰り返し、繰り返し追体験する。それが贖罪であるかのように。
 たとえ夢の中であっても仙石は、行を助け出すことが出来ない。いつも行をあきらめる。行を見捨てる。行を死なせてしまうのだ。

『行、……行……ッ!』 
「……さん」
『すまない……、すまない行』
「……くさん……」
『俺を……、許してくれ』
「仙石さん……っ」

 ささやくような声と共に身体が揺さぶられて、仙石はハッと目を覚ます。まだ覚醒しきれていない視線の先には、こちらを心配そうに見つめる黒い瞳があった。
「うなされてたぞ、大丈夫か」
「大丈夫だ。ちょっと……夢を見ただけだ」
 仙石はぎこちない笑みを浮かべる。

 そして一言、付け加えた。
「ごめんな……、行」
 いきなり謝られた行は、きょとんとした顔になる。
「それほどのことじゃないだろ」
「ああ……、そうだな」
 仙石は答えながら、おもむろに行の身体を抱きしめた。朝からこういうことをするのは、あまり行は好まないことも知っているけれど。


「行、お前はここに居るんだな……」
 独白のようにつぶやいた仙石の言葉に、行はいったい何を感じたのか、大人しく仙石の腕の中に収まっていた。
 そして、そっと応える。
「オレはここに居るよ、仙石さん。ずっと、ずっとあんたの傍に居るよ……」

 耳にやわらかく響く行の声を聞きながら、仙石はぼんやりと考えていた。
 あの日、 "いそかぜ"と共に沈んでしまったはずの行が、自分の元に戻って来てくれたのは、もしかしたら海が仙石の願いを聞き届けてくれたのではないか。
 海が行を還してくれたのではないか、と思うのだった……。



               おわり

ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

えーっと「お題」に関しては、
ストーリー性よりもイメージ重視なので、
どうしてもロングポエムというか、
妄想垂れ流し、みたいになっちゃいますね(苦笑)。

以前にどこかの後書きで「眠っている場面を書くのが好き」
と書いたことがあるのですが、
悪夢でうなされて目が覚める、というパターンも、
実は結構好きみたいです。
気が付けば、どのカップリングでもやっていたり。

つまりは、うなされるような過去やトラウマがある訳で。
そういう傷を負ったキャラクターが好きなんですね。
(それが受けでも攻めでも)
その傷を受け止めてくれる人がいる。癒してくれる人がいる。
私はそういう二人を描きたいんだな、と思います。

2009.07.29

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