【えせほし─似非星─ 】 kyo-ko

『まだ言葉というものに怯えたままのオレから、』


 言葉というものは、時にとても不便だと思う。
 伝えたいことほど上手く伝わらず、伝えたくないことばかりが伝わってしまう。
 頭で考えていることや、心で想っていることを、そのまま言葉にすることが出来たなら、どんなに素晴らしいだろう。
 それとも、他の人は当たり前のようにやっていることなのだろうか。
 こんなにも難しいことを……。


「行、黙ってちゃ分かんねえぞ。ちゃんと口で言ってみろ」
 仙石にそう諌められるのは、いったい何度目だろうか。
 行も分かってはいる。たとえ拙くとも、不器用でも、言葉にする努力をしなくては、気持ちが伝わらないということを。
 ただそれでも、どれだけ頑張ってみても、伝わらなくて心に残ってしまうことの方がずっと多いから、あまりの報われなさに、くじけてしまうのだ。

 好き、という気持ちならば、キスをすれば伝わるかもしれない。
 けれど、会いに来てくれて嬉しい。一緒にこうしていられることが嬉しい。そういう気持ちは、どう表現すれば良いのだろう。
 言葉にすれば、『嬉しい』というだけになってしまうけれど、それだけでは足りないのだ。この心にぎっしりと詰まっている想いとは比べようがないほどに。

「……出来るなら、とっくにやってるよ」
 行は子供のように拗ねた口調でつぶやくと、ソファの上でひざを抱えて丸くなった。
「お前なぁ……」
 仙石が苦笑を浮かべて、行の髪をくしゃりと掻き回す。その感触に行は小さく首をすくめた。


 こんな風にされることも嫌いではない。子供扱いだとは思っても、仙石の大きな手のひらから与えられるぬくもりは、行を穏やかにしてくれるから。
 そこで行は珍しく口に出してみることにした。
「嫌いじゃないよ」
「ん? 何だ?」
 いきなりの言葉に、仙石はきょとんとしているが、行は構わずに続けてゆく。

「あんたにこんな風にされるの、嫌いじゃない」
「こんな風に?」
 仙石はそれでもまだピンと来ていないようで、首をかしげる。
 その様子に、行は落胆した。やはり上手く伝わらなかった。けれど、これ以上何を言えば良いのか分からない。
 仕方がなく、行は押し黙ってしまうが、仙石はハッと何かに気付いたような顔になる。

「ああ、これのことか」
 仙石はそう言うと、また行の髪をくしゃっと撫でた。行はこくりとうなずく。
「そうか、そうか。嫌いじゃねえのか」
 何故か、いきなり仙石はご機嫌になって、行の髪をぐりぐりと掻き回し続けるから、行はうっとうしくなって、その手を跳ね除けた。
「うるさい」
「嫌いじゃないって言ったじゃねえか」
「しつこいのは嫌いだ」


「ったく、ワガママな奴だぜ」
 呆れたような笑みを浮かべながら、仙石はぼそりとつぶやいた。
「ほんとにお前って、ネコみたいだよな」
 行もいっそのこと、自分がネコだったらどんなに良かったかと思う。それならば、これほど悩むこともなく、ただ『にゃあ』と言っていれば済むのだから。

 それでも人間である以上は、どれほど難しくても、上手くいかなくても、言葉を使って気持ちを伝えてゆかなくてはならないのだろう。
 そのことを考えると、行は気が遠くなりそうだった。
 先は長い。果てしなく長い。
 そこでせめてもの抵抗の証に、たった一言つぶやくのだった。
「にゃあ」


               おわり


ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m

今回はちょっといつもと違う感じ?
そうでもないかなー。やっぱりポエムっぽいかな(苦笑)。
短時間でざっくり書いたので、こんなもんです。

でも言葉って、本当に不便ですよね。
口で話すにしても、文字で書くにしても。
これだけ文章を書き続けている私ですが、
自分の頭にあることを、上手く表現できません。
いつまで経っても、そんな感じ(笑)。

特に行たんは言葉で表現するのは苦手でしょう。
仙石さんは先任伍長としてやってきているから、
それなりに出来そうですけれど。
コミュニケーションの大切さも分かっているでしょうしね。

だからきっと仙石さんは対人スキルは高い方なんだろうな。
それでもなかなか攻略出来ない行たん。
難攻不落ですよ。頑張れ。

2010.01.06

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