『今だけは背中を見ててあげるけど、いつかは』
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「ん……」 ふと肩の辺りに触れる冷気に寒さを感じて、行は目を覚ました。まだ周囲は薄暗いから、夜も明けていない時間だろう。 最近は、すっかり夏の残り火のような暑さも収まって、朝晩は冷え込むようになっている。温かな布団を求めて、行は無意識に手を伸ばした。 しかし、どれだけ引っ張っても、自分の元へは近付いてこない。 ようやく闇に慣れた目で隣を見れば、仙石がしっかりと布団を身体に巻きつけてしまっている。これでは自分がはみ出すのも当然だ。 「……何だよ」 行は思わずつぶやく。 仙石の布団を引き剥がして、自分の物にするのは簡単だが、そうすると今度は仙石が寒い思いをするだろう。その拍子に目を覚ましてしまうかもしれない。 だが、このままではこちらも寒くて眠れそうにない。暖かな寝床や、人肌のぬくもりに慣れてしまった今では、もうそれが無かった頃の自分には戻れやしないのだ。 いっそのこと服を着てしまおうかとも思うけれど、今更それも面倒くさいし、それにここで自分だけが服を着るのも、何となくシャクだった。 となれば、残る方法は一つしかない。 ただそれには、少々の勇気が必要だ。 ひそやかな暗闇の中で、行は息を詰めるようにして、こちらに向けられている仙石の背中を見つめた。 少し丸められた背中は、大きく厚みがあってたくましい。ずっと海の上で生きてきた先任伍長としての頼りがいのある身体だ。 ……いつまで、この背中を見ていられるのだろう。 行はふいに不安に駆られた。 仙石が自分の元を去ってゆくことなんて、想像したくもないけれど、その可能性は皆無ではない。 もしかしたら明日にでも、仙石は妻や娘と一緒に暮らしたいと思うかもしれない。あるいは他の女性と出会って恋をするかもしれない。 たとえ心変わりが無くとも、今日一緒に過ごしている人と、また明日も会えるという保証など、どこにもないのだ。ずっと死と隣り合わせで生きてきた行は、それが嫌と言うほど身に染みている。 「仙石さん……」 そっとつぶやくと、鼻の奥がつんとして、目の周りが熱くなるのを感じた。これが何の兆候なのか、行はもう知っているけれど、そのまま抗うことなく目を閉じる。 そして自分から手を伸ばして、仙石の背中にぎゅっと抱きついた。何も身に着けていない互いの肌が触れ合う感触に、行は小さく全身をふるわせる。 幸いにして、仙石はかすかな声を上げただけで、また眠ってしまったようだ。行の手のひらに仙石の規則正しい心臓の音が感じられるから。 「温かい……、な」 これならば、二人とも寒さに凍えることもなく、優しい朝を迎えられるだろう。行も今夜はもう目を覚ますことはないに違いない。 ……おやすみ、仙石さん。 行は心の中でつぶやくと、静かな眠りの中に落ちていくのだった……。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m 今回のお題のタイトルを見た時に、 これはどちらの意味だろう、としばらく悩みました。 一つは「今は背中を見ているけれど、 いつかはこちらに振り向かせてみせる」と もう一つは「今は背中を見ていられるけれど、 いつかはそれも見られなくなるのだろうか」という。 もちろん今回の話は後者にしました。 でもニュアンス的には、前者だったのかも。 ただ残念ながら私の書く受けは、 そうやって「自分に振り向かせるぜ!」 というタイプじゃないんですよね、誰もが(苦笑)。 そういう強気でしたたかな行たんというのも、 悪くないような気もしますが、 今の私にはもう書けないなぁ。 すっかり可愛い行たんで定着しちゃいましたので。 誰か他に書いてくれませんか?(笑)。 2009.11.25 |