『この笑顔でいつまであんたをはぐらかせるのかな』
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「なぁ、行……」 ふいに仙石が低い声でつぶやく。 仙石のたくましい腕の中に包まれて、うっとりと目を閉じていた行は、その言葉にハッとした。 事が済んだ後に交わされる、いつもの他愛もない睦言ではない響きが、そこにある。仙石はきっと何か真剣な話をしようとしているのだ。 ……もしも別れ話だったら? つい先刻まで、激しくも情熱的に躰を重ねていた二人ではあるけれど、行はいつまで経っても、その不安を拭い去ることは出来ていなかった。 仙石への想いが深くなり、仙石無しでは生きてゆけないとすら思うほどに、仙石を失うことへの恐怖も増していく。 だからこそ、いざその時が来た時に、自分が壊れてしまわないように、いつでも心の準備をしておくクセが付いてしまっていた。 もしかしたら前妻と寄りを戻したくなるかもしれない。娘と一緒に暮らすことにしたから,もうお前とは会えないと言われるかもしれない。他にもっと仙石に相応しい温かな家庭を作れる普通の女性を見つけたかもしれない。 たとえ、どんな理由があろうとも、仙石から別れようと言われたら、自分は決して拒まないだろう。 『分かったよ、仙石さん』 涙の一つも見せずに、そう言って、最後にするだろう。 仙石のことを愛しているから、仙石が幸福になろうとするのを止めることは出来ない。ただ、それだけのことだ。 だから今夜も、行はぎゅっと唇を噛みしめながら、仙石の言葉の続きを待つ。何を言われても平気なように、覚悟を決めて。 すると仙石は、行の髪をくしゃりと撫でて、ためらいがちにささやいた。 「お前、この家に一人で……、寂しくないか?」 「え?」 行には仙石の質問の意味が分からなかった。 もちろん日本語として内容は理解できるけれど、この言葉に何の意図があるのか。仙石のどんな思いが込められているのか、行には分からない。 そこで、戸惑いながらも淡々と答える。 「別に、オレは一人の方が気楽だし、寂しいと思ったことは無いよ」 半分は真実で、半分は偽りの言葉。 ずっと一人で生きてきて、一人で居ることにも慣れている。この家で好きな絵を描いている時は、寂しさなんて感じたことは無いけれど。 食卓で味気ない料理を機械的に口に運んでいる時や、リビングのソファがやけに広く感じる時、潜り込んだベッドがひんやりと冷たい時や、朝起きて隣に誰もいないのを見つけた時には、どうしようもなく自分が今一人なのだと思い知らされる。 あの瞬間の、足元が崩れ落ちるような不安で心細い感覚が、きっと寂しいというものなのだろう。 それでも、寂しくないと答えた行に、仙石はどう思ったのか。 「……そうか」 と、ぽつりとつぶやいただけだった。 ただ、どこか気遣わしげな、いたわるようなまなざしをこちらに向けているから、完全に納得はしていないのだろう。 「オレは平気だよ、仙石さん」 だから行はそう言うと、笑顔を作った。 笑うことに慣れていない顔の筋肉はうまく動いてくれなくて、きっと不器用でぎこちない笑みになっていただろうけれど。おそらく仙石以外の人間には、それが笑顔だと認識することすら出来なかっただろうけれど。 行は微笑みを浮かべるのだ。精一杯の想いを込めて。 「………そうか」 仙石はもう一度つぶやくと、おもむろに行の身体を抱きしめて、優しいキスを落とした。 その口付けを受け止めながら、行はそっと目を閉じるのだった……。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_ _)m また一人でぐるぐる悩む行を書いてしまいました。 こんなシチュエーションも何度もやっている気がしますが、 結局、こういうのが好きなんですね(苦笑)。 私の書くものの他の作品のキャラにも言えますが、 自分からあえて幸せから遠ざかろうとするというか、 失うことを恐れて一歩引いてしまうというか、 そんな受けばっかりになってしまいますよ。いつの間にか。 だからこそ攻めには頑張ってもらって、 ネガティブ思考の受けたちを幸せにして欲しいです。 特に行たんはその傾向が強いので、 仙石さんには人一倍頑張ってもらわないと。 面倒くさくて厄介な性格をしているからこそ、 それが可愛くて、いとおしくもあると思うので。 2009.11.16 |