『あの日から浮かぶのはいつも決まって』
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雨の日は好きではなかった。 しとしとと降り続く霧雨だろうと、激しく窓を叩く豪雨だろうと変わりない。雨の日に良いことがあった記憶なんて無いのだ。 そもそも行には、幸福な記憶なんてもの自体が、存在しないのかもしれないけれど。 そう正直に言ってみると、仙石は行の肩を抱きながら、全く別のことを口にした。 「そうか? 俺は結構好きだぞ。雨が降っていると、この家がすっぽりと水に囲まれて、まるで海の上に浮かぶ船みてえじゃねえか」 「あんたはホントに船が好きだな」 「まぁな。俺の人生のほとんどは艦の上だったからな」 そう言って仙石は、顔をくしゃくしゃにして笑った。仙石にとってのその記憶は、きっと幸福なものなのだろう。 長い艦上生活の中には、辛いことや苦しいこともたくさんあったろうが、そんなことも全てひっくるめて、晴れやかな笑顔を浮かべることが出来る仙石を、行は心から尊敬した。 「……そっか」 行はぼそりとつぶやくと、これ以上は何も言わずに、仙石の胸の中に顔を埋めた。 仙石もそれほど多弁な方ではないから、もう何も言うことなく、行をしっかりと抱きしめる。 そうして目を閉じて、仙石のぬくもりだけを感じていると、窓の外を降る雨の音が、本当に海鳴りのように聞こえてくる気がした。 単純なものだ、と自分でも可笑しくなってしまうけれど。 そして、その日から、行は雨が嫌いではなくなった。 果てしなく広がる大海原の真ん中で、ぽつんと一つだけ漂う小船に、仙石と乗っている夢を見る。世界でたった二人だけになったような幻を。 それは何よりも幸福な光景に違いなかった……。 おわり |
ここまで読んで下さってありがとうございましたm(_
_)m
お題の場合は短文で。 「拍手」用にしても良いくらいの分量でしかないですが。 もちろん、たくさん書き込もうと思えば書けるし、 説明不足な部分もあるかと思いますが、 想像で補ってやってください(苦笑)。 ついでに、いつも後書きも長くなりがちなので、 今回は短めにしておきます。 本文よりも長くなったらバカですからね。 2009.01.11 |